第8話 サバラン王国

 サバラン王国は内陸にある小国で、バルロイ帝国とはロナ川で繋がっており重要な貿易相手国である。


バルロイ帝国は主に羊毛、食肉、チーズやバターの輸入をしており、サバラン王国には鉄鉱石や石油などの資源を輸出している。


今回の縁談は表向きはサバラン王国からの申し出と言う事になっているが、間違いなくバルロイ帝国のブルボーノ公爵が水面下で糸を引いていると思われる。


なぜなら、この国も国王には女児しかおらず、後継者問題を抱えているからだ。


言うまでもなく、王配としてジルフィードを送り込もうと言う魂胆だろう。



 首都ボーノにジードたちは夕刻前に到着した。


王宮の離宮に迎賓用の部屋が用意され、王宮前には隣国の第一皇子を歓迎しようとここでも多くの民衆が待ち構えていた。


馬車の扉が開きジードが降りて来た。


気付いた民衆が騒がしくなって来たところで、彼は馬車の方へ振り返り手を伸ばす。


馬車から白く細い手が伸び、ジードがその手をしっかり掴む。


民衆の視線がその手の先に集まる。


馬車の中から、ハニーブロンドでふわふわと緩いウェーブのかかったの長い髪の少女が現れた。


大きくてパッチリとした目の色はルビーのように赤く、小ぶりで可愛い唇が愛らしさを一層引き出している。


また彼女の薄いレモン色のドレスは人々に明るい印象を与えた。


そして皇子も明るいグレーのジャケットに同じレモン色のタイを身に着けているので、二人の衣装はお揃いに見える。


彼女を見つめる皇子の瞳は優しく民衆から、ため息が漏れた。


美男美女のカップルは甘い空気を出しながら、ゆっくり歩いて行く。


最後に建物に入る前に立ち止まり、民衆の方へ向き直って二人は笑顔で手を振った。


その瞬間を待っていた民衆は大きな歓声を上げた。



建物の中に入り、私はこっそりため息をついた。


こんなに人に囲まれたのは初めてで、物凄く緊張した。


こんな時でもいつもと変わらないジード様をちょっと凄いと思った。


「アリス、大丈夫?」


ジード様が、心配そうな目で私を見ている。


「はい、大丈夫です」


「にゃーにゃ―ん」


後ろからマルリも付いて来ているようだ。


そのまま私たちは大勢の関係者に囲まれて、離宮の部屋まで案内された。


「ようこそサバラン王国王宮へ、本日はお疲れでしょうからゆっくりお休みになられてください。国王陛下より明日の晩餐をご一緒にと伝言を預かっております」


責任者らしき方はジード様にスケジュールを伝える。


「分かりました。では明日の晩餐を楽しみにしています。それから、今回は私の婚約者も同行していますので、是非、国王陛下にご紹介したいと思っています。宜しくお伝えください」


ジード様は、大切なことを忘れずに付け加えた。


私も横でニコニコとそれらしく振舞う。


「そちらのお嬢様は婚約者様でしたか、何か滞在中に不都合などございましたら遠慮なくお申し付けください」


責任者らしき方は、恭しく挨拶をして去っていく。


その様子から、彼の動揺が伝わって来た。


まさか婚約者を連れて来るとは思って無かったのだろう。



 人波が去った後、ジード様と二人になったタイミングで質問してみた。


「あの、とても聞いた方がいいのか、聞かない方がいいのかが、分からないのですけど、ジード様って何をされている方なのですか?」


私が質問するなり、ジード様の表情が怪訝なものに変わる。


「聞いてはいけない職業だとか?」


私が更に首を傾げながらそう聞くと、今度はため息をついている。


「明日、国王陛下にお会いするなら、流石に知っておいた方が良い気がしたのですけど、、、」


どうしよう、この微妙な雰囲気、、、聞いたら高額報酬の話は無しとか言わないわよね?


「アリス、勘が悪いと言われたことは?」


ジード様が質問で返して来た。


「そうですね、、、あまり外に出ていないので、人からどのように見られているのかは、分からないです」


「外に出てない?」


あ!マズい。


農家の子の設定忘れてた。


「えええっと家族経営で忙しくて、外の世界をあまり知らないのです」


「ふーん」


とても怪しまれている気がする。


「じゃあ、僕の職業は何だと思っているの?」


えええ、私が答えるの?


「、、、スパイとか」


あっ、ジード様が顔を両手で抑えた。


まさかビンゴ?期待を込めてジード様に近寄る。


ジード様は顔を覆っていた手を外し、私に言う。


「スパイは民衆の前に出たらダメなんじゃない?」


私の推理は一蹴された。


確かに、、、。


そういえば、民衆の皆さんはジード様を知っている風だった。


「俳優とか有名人の類ですか?もう分からないから聞いているのに意地悪しないでくださいよ」


「意地悪、、、そっか」


「そうですよ。すぐに答えないのも意地悪です!!」


「分かった。言うけど聞いたら契約破棄は出来ない。それでも聞く?」


「えー何で脅してくるんです?毎回毎回、、、。契約は破棄しません!何があっても!!」


私は堂々と言い放った!


お金が必要なんだから当たり前でしょう!


「覚悟は出来ているってことだね」


私は頷く。


「僕はバルロイ帝国第一皇子ジルフィード・ラト・バルロイだ。そして君は先日から僕の婚約者であり、未来の王妃としてここにいる」


「え?えええええ!!!ちょっと待ってく、ください。皇子が何で街で求人?はぁ?」


私は驚きすぎて、頭も口も回らなくなった。


すると珍しくジード様が話し始める。


「街の人材派遣所に求人を出したのは、僕が花嫁は平民が良いとザザに言ったからだと思う」


え?何だって?平民のお嫁さんが欲しかったの?


「そ、それは、何故に?」


「貴族令嬢はガツガツしていて苦手なんだ」


あー最悪。


私が貴族令嬢ってバレたら契約が無かったことになってしまうかもしれない。


でも、このまま皇子と契約結婚しちゃうの?


いやいやいやいや没落伯爵令嬢よ私は、、諸々無理だよね。


早く断った方がいいの?


それとも皇子から断られた方がいいの?


無駄な皮算用で頭の中が忙しい。


「アリス、決定事項だから、もう断れないと思ってて」


私の頭の中を覗いたようなことを言われてギクっとする。


「でも、平民、、、、」


思わず口に出てしまった。


「知っている。大丈夫、気にしない」


ジード様が言った。


私は目を大きく見開く。


「知っている?」


「うん、知っているよ。アリスティア」


「あーーーーそんなぁ」


私は、膝から崩れ落ちた。


「ジード様、平民じゃないのに契約は続けてもらえるのですか?」


「勿論」


あっさりと彼は答えた。


「助かります。領民を路頭に迷わせるわけにはいかないのです」


私は改めて、ジード様に深々と頭を下げた。


「にゃおーん」


マルリの一声で、張りつめていた私の心が少し和らいだ。

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