第6話 職務の確認は重要です
朝の食堂で、私たち4人は仲良く同じテーブルを囲む。
このお屋敷の朝食は、予め全ての料理をテーブルに並べておくスタイルだった。
おそらく一緒に食べるボブさんの手間を省くためだと思う。
今朝のメニューは、カリカリベーコンの載ったグリーンサラダと、スクランブルエッグにはソーセージときのこのソテーが添えてあった。
スープはミネストローネ、パンはクルミパン。
朝からこんな豪華でいいの?
「あのー、私もご主人様と同じものをいただいてもよいのでしょうか?」
流石に気が引けたので、私は執事さんに質問してみた。
「アリスさん、違うのです。これはそもそも私たちの朝食なのです。ご主人様が皆と一緒で良いと、ここで食べる様になられたのですよ」
「なるほど、ご主人様はこういうスタイルで食事するのがお好きなのですね?」
私は横に座っているご主人様の方を向いて言った。
ご主人様は何も言わずに頷いた。
「ジード様は質素倹約がお好きなので、アリスさんは気にしなくても大丈夫ですよ」
執事さんは笑顔で私に言った。
だけど、私はむしろ執事さんが質素倹約するべきなのでは?と思ったが、円滑な人間関係のために余計な発言は控える。
「では、いただきましょう」
食事のスタートは執事さんの一声だった。
執事さんはすぐに隣に座っているボブさんとおしゃべりを始める。
私はチラリと横のご主人様を見た。
自然な手付きで音もなく食事をしているけど、ご主人様は何者なのだろう?
あ、ご主人様がお水を飲み干されたわ。
ええっと、水差しは何処にあるのかしらと見回す。
それは厨房との間にあるカウンターに用意してあった。
私は水差しを取りに行こうと立ち上がった。
そして、カウンターの上にある水差しを手に取り、席に向かって振り返るとご主人様が私の席の後ろに立っていた。
ん!?ご主人様、何故そこに?
彼の行動はよく分からないけれど、私は気にせず、ご主人様のコップに水を注ぐ。
そして、水差しをテーブルの端に置き、自分の席に座ろうとすると、スッと椅子が後ろに引かれた。
私はいつも通り、腰掛けるために膝を折る。
すると、いいタイミングで椅子が押された。
私は再びナフキンを膝に置き、右に座っていたご主人様へ視線を向ける。
すでに彼は席に戻って食事をしていた。
あれ?座っている。
ん?何だろうこの違和感、、、前にもあったような。
私が首を傾げていると、執事さんが声を掛けて来た。
「アリスさんは語学がお得意とのこと、何か国語使えるのですか?」
「えっ、ええっと会話まで可能な言語は5か国語ですね。読むだけならばこの大陸の言語は大丈夫です」
にっこりとお返事を返すと執事さんの表情が固まった。
「あああ、すみません。見栄を張ってしまいました。本当は3か国語です」
とっさに言い訳をしてしまった。
流石に平民が8か国語読めます!は怪しいと私でも思う。
「いえいえ、謙遜されなくて大丈夫ですよ。ジード様から高い言語能力をお持ちであると聞いておりますから」
ん?案外そういう平民の方もいるのかしら?受け入れられている??
私は少しほっとした。
まだ2日目なのに解雇されたら、あの莫大な借金はとても返せない。
「そこで、アリスさんにお願いしたいことがあるのですが」
執事さんが私の顔色を窺ってくる。
「それはお仕事でしょうか?」
私は執事さんへ確認する。
「ええ、ジード様は来週外国訪問の予定がありまして、アリスさんに付添いをお願いしたいのです。特別任務手当として、500万ジルットお出しします」
執事さんが景気の良い金額を私に告げた。
「ザザ、、、」
ご主人様の小さな声は誰にも届かない。
「承知しました!」
そんなの即答に決まってる!!
破格すぎる、、、。
良いなこの職場!!と、詳しい職務内容も確認せずに浮かれた気分になった私は、後日大きな後悔をすることとなったのである。
ご主人様が出発するその日、私は何処からか現れた女性たちに綺麗に着飾れた。
伊達メガネを取り上げられたのは驚いたけど、そもそも目が悪いわけではないし、知り合いも居ないし、まぁ問題ないだろう。
そして、ご主人様と私は一緒に馬車へ詰め込まれた。
馬車の中ではご主人様がマルリを膝の上にのせて優しく撫でている。
「ご主人様、マルリも一緒に行くのですか?」
「うん、連れて行く。アリス、旅に行くときは僕をジードと呼んで」
ご主人様は小さな声で答えた。
何というか感動した。
何に?って、会話のキャッチボールにだ。
「分かりました。ジード様とお呼びしますね」
「・・・」
あ、返事無くなった。
さっきのは、ぬか喜びになってしまった。
でもね、私はめげないのよ!!
「ジード様、ところで私は今回、通訳か何かをする予定なのでしょうか?このドレス姿の理由を尋ねても誰も教えてくれなかったので困っています!」
私は勢いをつけて、ジード様に質問した。
ジード様は私をジーっと見てから、窓の外に視線を外す。
えっ答えてくれないの?
その手はマルリを撫でている。
私の中で、何かがプツっと切れた。
「はぁ!?マルリは撫でてもらえるのに、私の質問は何で無視するんですか!この状況を把握しないと到着してから困るので、聞いているんですよ。黙っていても分かるほど私は察しが良くないのです!聞いています?ジード様」
「、、、うん」
「うん。じゃないのですよ!今回の私の仕事内容を教えてくださいって言っているんです!!」
私は興奮して、席から立ち上がった。
マルリは驚いて、ジード様の膝から降り、私が座っていた席の端に飛び移る。
ジード様が私の前に手を伸ばして来た。
私は条件反射で、その手を取る。
するとジード様は私の手を握ったかと思うと強く引っ張って、私をご自分の膝にのせた。
えっ?何が起きた?
私が混乱していると、ジード様は私の頭を優しく撫でた。
「あのー?私、猫ではないのですよ。ジード様」
思わず、ジト目でジード様を見る。
「アリス、人を簡単に信じてはいけない・・・」
ジード様は私を撫でながら、そう言った。
私が首を傾げる。
「アリスはザザに気を付けたほうがいい」
ジード様は私に向かって、不穏なことを言って来る。
「えっ?執事さんは何か問題があると言う事ですか?」
「・・・」
「いやいやいや、そこまで教えてくださいよ!私は察しが悪いって言っているじゃないですか」
「・・・アリスは婚約者の、、、」
「えっ誰の?」
ジード様の遅くて聞き取りにくい言葉にイラッとして、食い気味に質問を被せる。
不服そうな私の顔を見て、一呼吸してから、ジード様はハッキリした口調でこう言った。
「僕の婚約者の役で相手を断らせないといけない」
ウソでしょう!?何で恋愛経験もない女にそんな高度なことをさせようとするのよ。
でも、、、高額報酬という言葉が目の前でチラついた。
「聞くのも何ですけど、お相手は平民の方ですよね?」
私は詳しい事を知るためにと質問しつつ、平民もしくは、せいぜい豪商の娘や男爵の娘だろうと想像していた。
「えー、アリス聞かない方が、、、」
「何を思って、そんなに勿体ぶっているんですか!早く教えてくださいよ」
相変わらず回答が遅いジード様に痺れを切らして再び詰め寄る私。
「・・・・マドレーヌ」
「はぁ?お菓子?」
「サバラン王国のマドレーヌ王女、、、」
えっ?
馬車の中の時が止まった。
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