第3話 私は侍女

 「痛っ!」


 突然手首を掴まれ、ご主人様に思いっきり引っ張られた。


「コロス、、、」


冷たい目で見ながら、彼は私にそう告げた。


「はぁーあ?何もしゃべらないかと思ったら、コロスですって?あなた頭おかしいんじゃない?」


ずっと無言の仕打ちにイライラしていた私はキレた。


「大体、しゃべれるなら最初からしゃべりなさいよ。黙っていても分からないわ」


「、、、は?」


「は?じゃないわよ。あなた大体誰なのよ?こんな怪しい求人打って、、、普通の人じゃないくらい分かってるけど犯罪者なの?」


「いや、、、」


「何よ、ハッキリ言いなさいよ」


もう、ご主人様を一介の侍女が問い詰めるなんて、普通ではあり得ないのに私は今の自分の立場をすっかり忘れていた。


「にゅう、みゃー」


そこへ、ねこが横から入ってくる。


「ほら、あなたが答えないからねこちゃんが代わりに答えているじゃないの。で、何故私が殺されないといけないのよ」


「君はスパイなのかと、、、」


ボソボソとご主人様は答えた。


「いいえ、私は侍女です。スパイではありません。大体あれだけジロジロと見ておいて何なのよ。どこにスパイみがあったって言うのよ」


「君はその文字を読んだだろう?」


あー!シマッタ!!確かに侍女が外国の文字を読むことなど、、、。

 

ご主人様の指摘で、自分が大きなミスを犯していることに気付いた。


「それは、学問が趣味なのです。そういう侍女もいるのです」


私は苦しい言い訳を口にする。


一貫して、ご主人様は無表情である。


まだ、私が怪しい侍女に見えているのだろう。


再び無言合戦になった。


ただ一つ分かったのは、この人は本当に私のことを観察していたのだと言うこと。


ならばと私は口を開いた。


「あの、ご主人様正直に申し上げますが、私は親の借金を背負っていますので、お金が必要なのです。ですのでご主人様を裏切ってお給金をもらえなくなると困るのです。決してスパイではありません」


「君の親は何故借金を背負ったの?」


おおおお!普通に返して来た。


えっ、でも何て言おう。


魔石鉱山への投資とか言ったら、平民じゃないってバレちゃう。


「トウモロコシが記録的不作でして、、、」


ご主人様は、おや?っというような顔をする。


「トウモロコシって、今年は豊作だったよう、、、、」


「我が家の畑だけ記録的な不作だったのです」


おっと、ご主人様の言葉を遮ってシマッタ。


いや、もうウソって難しい、、、こんなこと聞かれるとか思わなかったもの。


「ふーん」


いつの間にか、茶色のねこを抱っこしているご主人様は感情の無い声で答えた。


私は書類拾いは諦める事にした。


「ご主人様、もうお腹が空きました。食堂に行ってもいいですか?」


そして、早くもこの状況へのギブアップを訴える。


ご主人さまは軽く頷いた。


ともかく、この部屋から解放されたかったので、私は意気揚々と扉に向かいドアノブに手を掛けたところでミスに気付く。


「すいませんご主人様、食堂の場所が分からないのですが、、、」


振り返ってそう告げると、ご主人様はかすかに微笑んだ。


うっ、ムカつくけど美貌。


ご主人様は、ねこを腕から下ろして、こちらにやってきた。


ドアノブに手を掛けて、優雅に開ける。


そして、私の前に手を出した。


私は無意識で、その手に自分の手を乗せた。


ご主人様は、そのまま食堂まで私をエスコートして連れて行ってくれたのだった。



 食堂は正面玄関を入って右の棟の一階奥にあった。


正直なところ、遠い、、、。


このお屋敷は無駄にデカい。


食堂に入ると、厨房から人が出て来た。


私がご主人様にエスコートされて入ってきたので、驚いている。


その顔を見て、私も我に返った。


スッと手を放して、料理人にカテーシーをする。


「初めまして、今日からこちらでお世話になるアリスと申します。よろしくお願いいたします」


「えらい綺麗な侍女さんが来て驚いたよ。オレはボブと言います。料理人をしてます。よろしく!」


ボブさんは気さくに返してくれた。


このお屋敷に来て、やっとマトモな人と話した気がする。


「ジード様もせっかくお見えになったのですから、お茶でもいかがですか?いまクレームブリュレを作ったところなんです」


ボブさんからジード様はお誘いを受ける。


「ああ、いただく」


主人様は即答した。


ふーん、ボブさんには普通に答えるのね、、、。


何故、私には塩対応なのよ、そんなに怪しく見えたのかしら。


「アリスちゃんの分も用意するから待っててね」


ボブさんはそう言うと厨房に消えた。


私は配膳の手伝いをしようとボブさんの後を追ったが、厨房は自分の聖域なので手伝わなくていいよと追い返される。


単純に、ご主人様と二人でいるのが辛かっただけに上手に逃れられなくて残念。


そして、ボブさんの作った美味しいクレームブリュレを、私が表情豊かに『美味しい!!!』と食べたら、ボブさんがとても喜んでくれたので嬉しかった。


私は先ずボブさんと仲良くなろうと決意した。

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