第2話 身の上話
太平洋戦争。日本とアメリカが国の威信を掛けて戦った・・・馬鹿げた争い。
その最中、日本は禁断の実験を進めた。
【不死ノ兵士計画】とは、その名の通り不老不死の兵士達を作り出すという夢みたいな計画。だが一人の科学者が半永久的に再生を繰り返し、劣化しない新種の細胞を発見したことにより、夢が現実になろうとしていた。
計画の対象となった人間は、病気がちの軟弱な身体を持つ戦争に行けない者や、戦争によって傷付き肉体的欠落が生じた兵士達などが主だった。
計画の被験者は最初は立候補制だったが、実験は難航し、新種の細胞の合わない者は殆どが死に絶え、死を逃れたものも重度の後遺症に見舞われた。
そうしてついには実験を受ける者が居なくなり、国が独断で選んだ者が実験の被験者となった。
戦況が劣勢になって、なりふり構って居られなくなったのだろうが、今になって考えてみれば酷い話である。やってることは人殺しと変わらない。
そして僕にも計画の白羽の矢が立った。まぁ、僕は昔から病弱で結核を患い、もう幾ばくもない命だったので、この確率の低い博打に賭けようと思っていた。
この頃の僕は、いっちょ前に愛国心なんてものを持っており、お国のために働くためなら自分の命すら平気で投げ出してしまう、いわゆる愚か者だった。
実験場に行く日、母は別れを惜しんで泣いていたが、僕はそんな彼女に背を向け、涙を堪えて歩き始めた。これが最愛の母との今生の別れになった。
僕が死んだわけではない。悲しいことに全てはその逆だった。
偶然か奇跡か、新種の細胞に身体が適応。これにより僕は何をしても死ぬことはない、僕は博打に勝利して不老不死の身体を手に入れた。
これで、お国のために働けると最初は喜んだが、そんなのは最初の内だけだった。
実験の成功の翌日に大規模な空襲があり、焼夷弾により町は焼き払われ、研究所も崩れ去った。
研究所の唯一の生き残りである僕は瓦礫の中から這い出して、とりあえず自分の家を目指したが、自分の家のあったところは、瓦礫の山になっており、その中から母親らしき焼けただれた遺体を見つけ、涙よりも先に嗚咽が込み上げてきた。
それから数カ月後、日本に大きな爆弾が二発落とされ、我が国は呆気なく敗戦した。
家族、知り合い、友達、実験を行っていた人々すら失った僕は茫然自失になり、暫く焼け野原を彷徨った。一週間、一ヶ月、一年とロクに飲み食いした記憶は無いが、体は至って健康で、空腹でお腹だけはグゥーと鳴っていたのは覚えている。
物取りの通り魔にナイフで身体を貫かれても、食い物欲しさに闇市で盗みを働いてバレて酷いリンチにあっても死ぬに死ねなかった。
生地獄とはこのことなのだろうと思って悲観する日々を暫く送っていたが、それにすら飽きてしまって、日々の生活を少しでも楽にするために、次第にその土地、その時代にあったライフスタイルを確立するようになっていった。
そうして気がつけば名前や立場を変えて何十年も生き続け、老いや死からは無縁ではあった僕だが、代わりに人間として大事な感情はボロボロと剥がれ落ちていってしまった。
ある時に気まぐれに身体を重ねてみて、「愛している」なんて臭い嘘を吐いてみたりしたものの、その行為に何に意味があるか見出だせずに、相手の女性の心を傷つけて、刃傷沙汰になったこともある。
まぁ、刃物で刺されたのは僕なので事件に発展することは無かった。
そして、その時に刺された時は確かに何も感じなかっのだ。感じなかった筈なのに・・・どうしてだろう?
長い時を経て、たった今、とある女性に滅多刺しにされた際、温かなモノが刃先を通して体中に染み込んでいくのを確かに感じたのだ。
『それは愛だよ、愛。』
自分の声で頭にそう響いてきた。
愛、愛か・・・その久しく忘れていた言葉がしっくり来る。
僕の勘違いの可能性も否めないが、そんなことはどうでも良かった。
今はこの感情に身を任せて、彼女を抱き締めることだけ考えれば良いのさ。
長い年月歩いてヘトヘト疲れて、僕はもう何かにすがりたかったのさ。
願わくば、この人の側が我が人生の終着駅にならんことを切に願う。
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