僕は君の愛を受け止める
タヌキング
第1話 あなたを殺して私も死ぬ
「好きです。付き合って下さい。」
「ごめんなさい。」
そんなやり取りを何千、何万と繰り返しただろうか?
どうやら僕は顔が良いらしく、知り合った女性が高確率で告白してくる。
でも、僕は人間不信だから、一度もお付き合いしたことがない。
道端で知り合った女性ならば、後腐れないのだが、バイト先等でいざこざが起こると、人間関係がギクシャクして仕事を辞めないといけなくなるから面倒だ。
愛とは何だろう?
形のないそれを僕はもう分からなくなってしまった。
昔、幼い頃に握ってもらった母の手の温かさも思い出せない程に、僕は無感情な人間になってしまった。
故に女性と付き合うことは出来ないのだ。僕は人を愛せないのだから。
バイト帰りの夜道、街灯の明かりすら無い暗がりの道を一人歩く。今宵は風も無く、シーンと辺りが静まり返っている。
何だか不気味な雰囲気だが、それを怖いと思う感情すら僕は欠如してしまっている。
「こんばんわ。」
突然、後方から女の人の声が聞こえて、僕は立ち止まって後ろを振り返った。
するとそこには、長い黒い髪の赤いジャージ姿の女の人が立っていた。
長い黒い髪と簡単に説明したが、後ろ髪だけでなく前髪も長くて、彼女の表情を読むことすら困難だが、時折、髪の毛の間から見えるギョロッとした目が何とも気味が悪い。
「何か御用ですか?」
気持ち悪いと思いながらも、僕は平然とそう言ってのけた。気持ち悪いと少し思ったぐらいで、僕の感情はピクリとも動かなかった。
「あ、あなたのこと好きなんです・・・付き合って下さい。」
またか、こういうタイプの初めてかもしれない。大体が僕に付き合おうと言ってくる人は、顔やスタイルの良い人が多く、一般的に不細工と言われるような顔の崩れた人や、陰キャと呼ばれるような内向的な人からは告白されたことが無い。
この人はどちらかといえば後者で、陰キャと呼ばれる部類の人間だろう。長年生きてると顔を見れば、どんな人か分かるんだ。
「ごめんなさい。僕は誰とも付き合うつもりは無いんだ。未来永劫。」
いつも通り、お辞儀をして淡々と断ると、長い髪の女の人は「うぅ」と呻き声を上げて俯いて動かなくなった。
僕は煩わしくなったので、そのままその場を立ち去ろうとしたけど、その前に彼女が再び顔を上げ、こんな事を言い始めた。
「付き合えないなら、あなたを殺して私も死ぬわ。」
そう言って彼女は背中に右手を伸ばすと、刃渡り30センチ程の出刃包丁を取り出した。
そんな物を背中の何処に隠し持っていたのか?ふと疑問が湧いたが、もしかすると僕はピンチなのかもしれないな。
「死んでぇえええええええ!!」
彼女は怒号共に、包丁の柄を両手に持って、刃をこちらに向けて走って来る。
僕は至って冷静なので避けることも出来るだろうが、それも面倒なのでそのまま受けることにした。死んでも構わない。どうせ惰性で生きているだけなのだから。
"ドスッ!!"
僕のお腹の真ん中に綺麗に刺さる包丁。それだけでも痛かったのだけど、彼女がグリグリと包丁を動かすものだから激痛だ。だがしかし、痛みと同時に僕は彼女の想いを感じた。
「・・・これが愛か。」
久方ぶりに胸が高鳴る。彼女は狂人だが確かに僕を愛しているのだと、刺されたことにより理解した。
これが愛、これこそが愛。
ドサリと倒れた僕に馬乗りになり、何度も何度も腹や胸を乱れ突きする彼女。おかげでお気に入りのシャツはズタボロだし、地面には僕の血でプールが出来てしまった。
「はぁ、はぁ、殺しちゃった・・・でもこれで私が死ねば、私の愛は永遠に。」
僕を刺した包丁を持ち直し、今度は自分の喉元に刃を突き立てようとする彼女。どうやら死のうとしているらしいが、そうは問屋が卸さない。
彼女の自己完結で愛を終わらせてなるものか。
僕は右手を伸ばして彼女の包丁を乱暴に奪い取り、適当に遠くに投げてしまった。
"カーン!!"
遠くに響く包丁の音。彼女は僕がまだ生きていることに驚いて目をパチクリさせていたが、そんなことは僕に関係無かった。
むくりと僕は起き上がり、彼女を抱きしめ、耳元でこう囁いた。
「ありがとう、僕に愛を思い出させてくれて。」
感謝、そう感謝である。
同時にこの彼女が愛おしくて堪らない。今まで会ったどの女性よりも魅力的で愛らしい。
彼女をきつく抱きしめながら、僕は自分の傷がもう塞がり始めていることを感じていた。
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