第3話 二人の最後
〜70年後〜
郊外の小高い丘に立つ白い家。そこが僕らの住む家である。
もう、60年以上住んでいるから、黄ばんだり傷んだり大変だけど、もうそんな心配をする必要も無いみたいだ。
「今日も気持ちが良いくらい晴れてるよ。」
僕はベッドで眠る彼女に傍に居て、優しく声をかけた。
呼吸器を口に当て、生命維持装置に繋がれた白髪頭の彼女は、虚ろな目でコクリと頷いた。
この60年でも僕は一切何も変わりなく、見た目は15歳ほどのままだった。
けれど代わりに彼女の方は年老いた。シワも増えたし、筋肉は衰え、足腰は立たなくなった。変わらないといえば相変わらずの激しい愛情表現だけであり、彼女の寝ているシーツや枕に血の染みができていたり、枕元のどっぷりと血塗られたナイフがご愛嬌である。
汚しているのは僕の血なのて、この場合は僕と彼女、どちらが悪くなるのだろう?
「あ、あぁ・・・。」
彼女が突如、口の呼吸器を外そうとし始めた。だがどうにも上手くいかないようなので、僕が呼吸器を外してあげた。
何用だろう?排泄か?それとも僕のことをまた愛したくなったのだろうか?
彼女の震える唇が言葉を紡いだ。
「も、もう・・・終わりにしたいの。」
・・・そうか、とうとうこの日が来てしまったか。
「本当に良いのかい?」
「・・・うん、も、もう体もろくに動かないし・・・アナタには充分すぎるほど愛してもらったから、もう何の未練もないわ。」
「そうか、君がそう言うなら、君の望む通りしよう。」
悲しいような寂しいような、それでいて幸せに満ち足りた気分。ここが僕らの愛の終着駅だと思うと考え深い。
「最後に僕のことを刺しておくかい?」
僕はナイフを手に取り、その柄を彼女に差し出したが、彼女はゴホゴホと咳き込みながら首を横に振った。
「ゴホッ・・・もういいわ。でも、アナタは私の愛をちゃんと受け取ってくれた唯一の人、どれ程感謝をしてもしきれないわね。」
「僕だって同じさ。君は僕に愛を思い出させてくれた。僕の方こそ感謝してもしきれない。」
血の絶えない60年間だったが、どれだけ歪んでいても僕らにとっては掛け替えのない愛のある日々だった。
「ねぇ・・・最後に私のことを死ぬまで抱きしめていて・・・アナタの胸の中で死にたいの。」
「お安い御用さ。」
僕は彼女の上体を起こしながら、彼女の体をギュッと抱きしめた。抱きしめた際に彼女は少し咳き込んだけど、僕は力は緩めなかった。もう最後だから力強く抱きしめたかったんだ。
「ゴホッ、ふぅ〜・・・とても温かくて良い気持ち。今までありがとうね。」
耳元に聞こえる弱々しい彼女の震える声を聞くと、僕の目から自然と涙がこぼれた。
愛、まさしく愛だ。今ここには愛しか無い。
「こちらこそ・・・ありがとう。」
心からの愛の言葉を呟いて、僕は彼女を抱きしめながら、彼女に繋がっている生命維持装置の電源コードを引き抜いた。
暫くして彼女の呼吸と心臓の音が無くなり、彼女の死を確認してから、再び彼女の体をベッドに寝かした。そうして、彼女の頬を伝っていた涙をハンカチで拭いてあげた。
なんと美しい死に顔だろう。まるで寝ているみたいだ。
いつまでも、永遠に彼女の死に顔を見ていたい気分に少しはなったが、それよりも彼女の居ない世界に居る苦痛の方が勝ったので、僕は上着の右ポケットから小さな注射器を取り出した。
この注射器には、僕の不老不死の細胞を死滅させる特殊な液体が入っている。
知り合いの研究員に無理言って頼んで、僕は自分が死ぬ手段を手に入れていた。これは彼女にも内緒にしていたことで、理由としてはコレを彼女に盗まれて注射されたら流石に死んじゃうからである。
だが、もうそんな心配の必要もない。
僕はあっさりと右手に注射器を持ち、その針を左と手首の動脈に注射した。
すると数秒もすると僕の体が、砂の城のように崩れ始めた。100年以上若々しい姿だった僕の体が崩れ去るのは中々に面白かったが、僕は自分の体よりも彼女のことばかり見ていた。
最後の最後まで愛しい人を目に焼き付けよう。
あぁ、愛とはなんと素晴らしいものなのだろうか。
こうして僕の・・・いや、僕と彼女の愛の物語は終りを迎えた。
僕は君の愛を受け止める タヌキング @kibamusi
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