第27話 フタリ

 今日は麗奈がいる。

 麗奈は部室に入るとカバンを椅子に置き、部室の隅にあるパソコンが置かれている机に向かう。

 そしてパソコンの電源をつけて、何やら天文関係のことを調べているらしい。

 私は夏目漱石の『行人』を読んでいる。

 読んではいるがなかなか頭に小説の中身が入ってこない。

 麗奈はパソコンの操作を辞めて、私の斜向かいの席に座る。

 私は迷った。昨日のことを聞くべきかどうか。

 私と彼女との関係性であるならば、聞かないのが普通だろう。

 でも気になる。

 気になるけど……。

 ちょっと向こうが話しかけてくれるのを待とうと思う。

 麗奈はカバンからファッション雑誌を取り出して読み始める。

 私は思う。ああいう雑誌は見るだけで、それだけなら2時間くらいで終わるはず。だけど麗奈は来月号が出るまでずっと見る。時には先月号を見直す。

「どうしたのよ?」

 盗み見していたのがバレた。

 目が合って、私は逸らす。

「いや、別に」

「何よ」

「……この前もその雑誌見てたなと」

「うん。この服いいなと思ってね」

 黒のセーターに茶色と黄色のチェック柄ハイウエストスカートという西洋人に似合いそうな服を日本のモデルが着ていた。

「こういうの好きなの?」

「別にこれがってわけではないよ。ただ、着てみたいなって。想像しない?」

「想像?」

「これを着ている自分を?」

 私はモデルを自分に置き換える。

 モデルのように整っていない顔、学校指定範囲内の髪型、胸はなく、足は短くそのくせ太め。

 全然似合わなかった。

「……似合わない」

「似合う、似合わないの問題ではなく着てみたいと思わない?」

「着たら馬鹿にされるよ。豚に真珠だって」

「想像よ。想像」

「なるほど想像ね」

 想像の中で私は着飾っている。そして想像の中では誰も私をディスらない。

「もし想像だけで満足できないなら、自分を磨きないさいよ」

「磨くって?」

「まず化粧とかダイエットとか」

「化粧は許そう。でも、ダイエットって何? 太っていると言いたいわけ?」

「ええ。脚が」

「やめてよ。ちょっと気にしているんだから」


  ◯


 下校時刻になった。

 私達は廊下に出て、私が部室のドアに鍵をかける。

 結局、麗奈が昨日休んだ理由は不明だった。

 ここからは無言。

 部室で話すような仲になったといっても、外を出たら会話はない。

 職員室で部室の鍵を返却。

 そして昇降口に差し掛かったところで麗奈が呼ばれる。

 どうやら友人がいたらしい。

 麗奈は返事をして、その輪に向かう。

 私は素知らぬフリをして靴箱から靴を取り出して履く。上履きを靴箱に入れようとした時、麗奈と喋っている誰かが、「昨日は大変だったねえ」と言った。

「そうそう。ハギー達にいちゃもんつけられたんでしょ?」

 彼女達とは離れていても声が聞こえる。

 どこか周りに言い聞かせている節が見られる。こんな被害に遭いましたみたいな。

「うん。ああいうのマジ勘弁。別にてめえが狙っている男なんて知らねえのにさ」

 麗奈はいつもと違う。少しトゲトゲしい言葉を放つ。

「マジかわいそすぎ」

「さっさと告って振られろって感じ」

「振られたら麗奈のせいにされるよ」

「意味わかんねー」

 私はカバンを持って外に出る。

 なるほど。昨日来れなかった原因はそれか。

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なみだ星、一条 赤城ハル @akagi-haru

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