屑の恋煩い

ウミウシは良いぞ

始まり、もしくは……

 馬鹿な野郎が惹き寄せられる「優しい女ファム・ファタール」という奴は、ハッキリ言って糞だ。


 俺は喫茶店で毒づいていた。


「貴方のメンヘラ具合には付き合えない」と今さきほど、冷たく言われ彼女と別れた。千円札二枚。コーヒーカップが置き去りだ。


 そして半分ほど飲まれた俺のアイスコーヒー……一気に飲み干す。心無しか頭が冴えてきた気さえする。


 帰ったら、バイトしよう。


 ◆


 コンビニバイト、深夜2時。


 ボーカル気取りの馬鹿な同世代の男がコンドームと缶ビールを買った後、はやって来た。


 こんな深夜に、どんな間抜けな奴らがコンビニここに立ち寄るのか、を気にするのが俺の趣味だった。悪趣味だね、と元カノによく言われたなと思い出す。自動ドアを抜け、コンビニに来たその女性は夏のシンプルな装いだった。


 眼の前の彼女を知っている。大学で同じ授業を取っている。彼女を一言で言い表すなら高校時代の青春を大学でも続けるような奴だ。彼女はエナジードリンクを買う為だったらしい。


 店内をくまなく周回した挙げ句、入口の冷蔵庫の棚から3本持ってきた。おいおいおいおい、多いぞ。この女、只者じゃねぇ、とその時は思ったものだ。甘酸っぱい青春の味がしそうな唇、そんな形容が正しい桃色の唇で「君、同じ大学だよね! ゼミで見たことある顔だ」と言い放ったもんだから、その時は打って変わってドキリとした。


 その時の彼女の"にへり"と擬音が付くほど可愛らしい笑顔は正直、屑の俺の心すら撃ち抜いた。


 ちょうど午前三時、コンビニの深夜バイトが終わりシフトが変わると裏手で彼女が待っていた。クソ暑い熱帯夜明けに彼女が居るものだかられまた驚いたものだ。


 曰く俺に興味が湧いたそうだ。困った。変な女に引っかかったぞ、と当時の俺は困惑していたが、未だに正しいと言いたい。


 ◆


 コンビニから出て、彼女と目が合った俺は、溜息が出てしまった。そこで、一旦シフト変わりのバイト仲間のところに行き、安い果実系のアイスを二本買った。


 片方のアイスを渡すと、彼女は「ありがと」と言った。そして、蠱惑的な桃色の唇から、「君さー、良く講義の端っこで寝ている陰キャだよね?」と言葉を口にした。


 俺は初対面で罵倒された。正直ムカついたが皮肉屋の俺は「ああ、シンプルに陰キャだが?」と言い返してやった。中学、高校、大学とオタクを拗らせた俺は最強である。同じゼミの一軍女に対し悪怯れもなく、言い返すのだ。


「あはは、やっぱり陰キャなんだ……でも、私は君みたいな陰キャが好きかな」と彼女は含みを持った笑いと共に吐き捨てた。


「そうか、そうなんだ」と口に出すと、彼女は再び微笑みかけた。卑屈な俺は苦虫を嚙み潰したような顔になった。


 俺はこの手の女が嫌いなのだ。


 自分をと思っている女が嫌いだ。


 何故か彼女のその言葉に救われた気がした。不思議と胸の奥が暖かくなって行く感覚に襲われた。俺が終わった青春を彼女が続けているせいだ。ファムファタールめ、殺してやる


「メンヘラなんだよ、私たち」

「話の展開が早過ぎる、俺がメンヘラ?」

「そうよ」


 あまりの自信に俺は動揺した。

 僅かに残ったアイスが零れ落ちた。


「俺も、まぁ、うん。メンヘラかもな……」

「まだ私を好きになってないでしょ?」

「ああ、嫌いだね」


 俺がそう言うと彼女は、また"にへり"と笑った。それから少しの間、会話をした。俺は今までの人生で一番楽しかったかもしれないと思った。未だに認めないしこれは気の所為だ。


 ◆


 俺には致命的に嫌いな物がある。


「死」と「セックス」


 言い換えるなら進歩のない邦画が嫌いだ。


 他者に人生の価値の理解を明け渡し、挙げ句の果てに理解ある彼氏だ彼女だと、自分の人生がサイコーなんて言いやがる人間が嫌いだ。


 暴力的解決になるが、そんな軽率な邦画を作る二流クリエイターが眼の前に居たら一発殴ってやりたいものだ。自分がこの様な恋愛が出来ないから逆ギレしてアンチしてるのかは分からない。


 二秒で矛盾することを言えば、空っぽな俺にとって彼女と居るのは居心地が良かったのかもしれない。


 ツラのいい女に自分の人生を粉々にされてしまうような、よくある破壊的な人間関係を求めていた。もしくは俺自身が彼女に何かを見出したのだろうか? それは分からない。


 ただ、彼女は俺と同じで、何も持っていなかった。一つ、俺たちは明確に自分が空虚な存在だと自覚していたのが事実だ。


 お互いを補完する訳でもなく、ただ夜中にやってくるタナトスに抗う為の都合の良い存在だったのかもしれない。


 実を言うと俺たちは同じ学部学科に通う同級生である。その事実を改めて知ったのは出会って一週間後の事であった。


 ◆


「やぁ、今日は」


 彼女は後ろから背中を叩いてきた。彼女の特徴として少しばかり力加減が雑である。


「おぉ、奇遇だな」と口にすると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「偶然だな」

「運命じゃないかしら?」

「馬鹿言え。必修のゼミだぞ?」

「あら、私が可愛いって?嬉しいわ」


 そんな気安い友人同士の様な会話を交わした後、彼女は俺の隣に座ってきた。


「彼女でもないのにくっつくなよ」

「照れてるの? 可愛いとこあんじゃん!」


 そして、彼女はコンビニで買ってきたエナジードリンクを飲んだ。俺は彼女の横顔を眺めていたら、彼女は俺に微笑みかけた。


「どうしたの?」

「別に何でもねぇ。綺麗だなってだけ」


「君も格好いいよ? 目付きは悪いけどね」と少しの赤面もせず彼女は言った。


「陳腐過ぎる。もっと良い感じに媚びろよ」


 君が笑う。


「何が可笑しいんだよ?」

「いや? 本当に面白いなーと思って」


 俺たちの関係はこうして始まったのだ。彼女の笑顔とは裏腹に不透明で、はっきりとしない始まり方だった。だが、それで良いと思った。ファムファタール、悪の女神はこう仰る。現実の恋愛はこうあるべきだ。自分の人生をぶっ壊してくれるらしい人間なんて現実にはいない。退屈ばかりで進歩もない。そんな苦痛こそが人生の醍醐味だろと、女神様の言葉を自分に言い聞かせる。


 ◆


 微風にさらわれる程度の、俺たちの友情。


 友達以上恋人未満とかいう、遊び半分の大学生らしい恋愛。青春と呼ぶには、少しだけ大人な俺たち。溶けたゼラチン質の苦しみの隙間を埋めるには充分に魅力的な物だった。


 これは依存かも、或いは視野狭窄かもしれない。そんなものは、とうの昔に飲み込んだ。他者への期待など今回だけだ。今更、他に新しい人間関係を作った所で上っ面で曖昧なものだろ?


 これは、退屈しのぎ。


 この得体の知れない苦しみも、完全な大人が抱えている闇や苦しみとは比べ物にならないかもしれない。


 ただ、生憎ファムファタールに魅入られた俺は、君が魅力的で美しく見えた。


 ◆


「あー、暑いわね!」


 彼女は俺の家に来るなり開口一番文句を言い始めた。外は蒸し暑くて蝉の声が煩かったのを覚えてる。クーラーさえ無力化するのじゃないかと思う程に熱い日だった。


 確か彼女は俺の家に泊まる予定になっていた筈だ。ちっぽけな大学生の存在が二つ。世界の中でどれくらい小さいかは分からない。


 それでもこの狭い部屋の中に二人きりなのは変わりない。


 彼女はシャワーを浴びずに下着姿のまま扇風機の前で涼んでいた。白い肌が露になっている。下着の色は黒だ。しっかりとした胸の膨らみを恥ずかしげもなく晒しているものだから俺は恥ずかしくなってしまい目を逸らした。


「君はさっきから何読んでるの?」

「論文、馬鹿みたいなジェンダー論だよ」


 短くても伝わるこの関係性が心地良い。


「難しい事は分かんないけど、面白いの?」

「……多分、面白くはないんじゃないか」


 彼女はベッドの上に腰掛けるとスマホを弄っていた。きっと別の男とやり取りしてるのだろう。そして、暫くすると急に立ち上がり台所に向かった。


「アイスあるじゃん! 君も食べるでしょ?」


 奇妙な女だと思った。勝手に家に上がり込んでおいてアイスを漁るとは……。そう思いながらも何故か許してしまう不思議な魅力があった。


 アイスを口に含み、彼女が発した一言。


 そのとき有名人が死んでいたニュースがテレビで流れていた。彼女が例の”にへり”という特徴的な笑顔を向けた。


「世の中って変わらないね」


 こう呟いていたのが酷く印象的だった。その表情はどこか寂しげだったが、それ以上に慈愛に満ちた聖母のような表情だった。


「って事でシャワー借りるねと」と俺に言い残して彼女は風呂場へと消えていった。その瞬間、俺の心臓がドクンと高鳴った。


 彼女が俺の部屋にいる事が不思議で仕方が無かったからだ。思えば彼女と出会った時からずっと不可解だった。何故、彼女は何故、夜中に出歩いていたのか、そもそも何処に住んでいるのか、何故、俺に興味を持っていたのか、疑問は尽きる事は無かった。


 そして今もこうして彼女はここにいる。それは運命的なものを感じるが同時に恐ろしくもあった。俺は本当に彼女に溺れてしまうのではないか?そんな予感がしていた。


 今から俺が彼女を抱くのか?と自問していると彼女の綺麗な歌声が聞こえる。


 古いアパートだったがトイレと風呂場が分かれているのが一人暮らしを始めた俺にとっては、少しばかり誇りだった。


 彼女の歌声はとても綺麗だった。


 この溶ける程ぬるい部屋から聞いた彼女の歌声はとても綺麗だった。


「ねえ、君。聞こえてる?」

「私、とっっても歌が上手いんだ」


 彼女は、言い終えるとまた歌いだした。


 有名なラブソング。


 冷蔵庫から朝作った麦茶を取り出し、コップに注ぐ。氷を入れずに一気に飲み干す。どうしてこうなったのか。


 ◆


「ねえねえ、君って童貞?」


 大学の食堂で二人で食べていると、こんな事を聞かれたものだから丁度飲んでいた水が肺に入りかけ咽る。


「大丈夫?」

「誰のせいだと思ってんだよ……」

「あはは、ごめんね」


 悪びれもなく彼女はそう言った。


「で、どうなのさ?」

「予想通りかな」

「そっかぁ、じゃあ私が貰っちゃおうかな」


 彼女は悪戯っぽく笑う。


「何でそういう話になるんだよ?」

「えー、だって君とは相性良さそうだし」


 彼女は俺の手を握る。彼女の手はひんやりとしていて、そして柔らかかった。


「嫌ならやめてあげるけど?」


 彼女は俺の顔を見つめてくる。彼女の顔を見ると何故か鼓動が激しくなる。


「別に、いいけどさ」


 そう答えるしかなかった。彼女はちっとも下品な様相を示さず、透明感を持って笑う。


 ◆


 朝起きると彼女は既に居なかった。代わりに一枚の紙切れがテーブルの上に置かれていた。そこには「おはよう、また大学でね。昨日は楽しかったよ」とありきたりの文章が書かれていた。


 スマホってものがあるのに敢えてこうやって書いていくのが彼女らしかった。捨てることも出来ずに俺は、お気に入りの本に挟み込んだ。彼女なら喜ぶと思ったからだ。


 俺は一人、大学へと向かった。大学に着きいつものように講義を受けていると、彼女が現れた。


 いきなり背中に抱きついて「来ちゃった♡」なんて言うものだからその時の俺は本当に彼女に惚れていたのだと思う。


 抱いた後の女なんて、満足したら俺に対してもう興味が湧かない。童貞ながら、そういう生き物だと思っていた。


 だが、彼女は違った。


 今までの女とは明らかに違う異質な存在いきものだった。


 この錯覚が俺を可笑しくしたのだ。


 それからというものの彼女とは頻繁に会うようになった。相変わらず、夜中に出歩く事が多かったが、昼でも会うようになった。


 大学と駅の中ほどの、人通りの少なくなった路地の雑居ビルの一階。断熱性を考慮していないガラス張りの壁が印象的な喫茶店。


 前の彼女が教えてくれたこの喫茶店。


 会えない時ですら、屑の俺が面倒を堪えてここに来た。何か屑を惹きつける謎めいた魅力があったのだと思う。


 ここに来ると誰もがホットコーヒーを頼む。捻くれ者の俺はアイスコーヒーを二杯ずつ頼むのが恒例だった。


 彼女はミルクポットを持ち、コーヒーに注ぐ。その間は彼女が下を向く。その時の表情さえどこか俺が失った青春を感じさせるものだったのだから毎度気づかれないように見ていた。


 例の喫茶店は、品がありつつ手軽な値段で美味いコーヒーが飲めたものだ。朝のモーニングセットは特に良い。サクサクのトーストはバターの塩気が聞いており、イチゴのジャムを付けて食べてコーヒーを飲み切れば、憂鬱な授業も頑張ろう。そんな気にさせる心地よいものだった。定休日は木曜日。朝と夕方で流れている音楽が変わり生憎、年代は知らないが毎度良いジャズやポップス、古い歌謡曲などが流れる。


 煙草は吸わない人間だったが、ここでは来る連中は皆、煙草を吸っていた。諦めつつもどこか世界に逆らっていた時代に作られた店の反骨精神が俺たちを夢中にさせたのかもしれない。


 とにかく、定かなことは年季と染みついた煙草の匂いは何故か心地の良いものだった。


「ねぇ、この前言ってた映画見に行こっか」

「そうだね」


 そうして彼女は映画のチケットを鞄から取り出し俺に手渡した。


「これ、どうしたんだよ?」

「んー? 知り合いから貰っただけだよ」


 彼女は嘘を吐いているように見えたが、もし彼女から出てくる言葉が毒蛇のような不気味な物なら耐えられない。そう判断した俺は途中で、言葉を吐くのを躊躇った。


 彼女は相変わらず、俺の側にいて微笑んでくれた。俺は幸せだった。そして、季節は夏から秋へと移り変わる頃。俺の親父が癌で死んだ。肺癌だった。


 ◆


 良くも悪くも最後まで「普通の父親」だった。高校生の時には既に余命宣告されていたので、覚悟は出来ていたがいざ死ぬとなるとやはり辛かった。


 葬式には多くの人が訪れた。皆が泣いていた。俺は母と一緒に葬儀を進めた。


 屑な俺は「喪の作業」とはこういう事なのか、と失った穴を補完しようとしていた。


 彼女に久しぶりに会ったとき彼女は悲しそうな表情だった。


「お父さん、亡くなったんだね」


「悲しくないと言えば嘘になる。それでも、俺はしっかりしないといけないから」


 彼女はそれ以上何も言わず、ただ俺を見つめていた。そして、俺の瞳の奥深くまで覗き込むような視線を送ってきた。


 彼女のその行為が俺の心をかき乱したが、それを悟られまいとして目を逸らした。


 俺の心は酷く不安定だった。父を失った悲しみとこれからの人生に対する不安が俺の心に渦巻いていた。そして、何より俺が恐れたのは彼女の存在だった。


 彼女は俺の心の隙間に入り込んできて俺の大切な部分を少しずつ壊している感覚がしたのだ。宝石を作る為には研磨が必要だと言うが彼女のそれは、息を吹き掛けると散るような屑を作るような官能的で酷く丁寧な作業だった。


 俺の父の葬儀から数週間後、彼女は俺の家にやって来た。俺の家はアパートなので玄関からすぐ台所が見えてしまうのだが、彼女はそこに立っていた。


「ねえ、私、貴方のお母さんになりたい」


 彼女は唐突にそう言った。

 

「はぁ?」


 俺は思わず声を出してしまった。


 彼女はクスリと、いつもと違う笑い方をして「冗談よ」と続けた。


「一緒に居たい、貴方が好きよ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味よ」

「俺は、君の事を愛していない」

「えぇ」

「俺は君を抱いたけど、それは同情だ」

「うん」

「君は綺麗だけど、それだけだ」

「ふぅん」

「俺は君に惚れているわけじゃない」

「知ってる」


 彼女は淡々と答える。俺は段々苛ついてきた。彼女は一体何をしたいんだ。俺に何を求めているんだ。俺の思考は彼女に支配されつつあった。


「じゃあ、俺の側に来るな。

 二度と、俺の前に現れるな。

 俺を惑わせるな。俺を壊すな」


 俺は一気にまくし立てた。


 彼女は少し驚いた様子を見せたがすぐに元に戻った。


 彼女は一瞬、悪魔のような笑顔をしたような錯覚を覚えたが、それを確認する前に彼女は口を開いた。


「そうやって私を避けて、存在しない救世主でも求めつづけるの?」


 俺は怖くなった。俺はいつの間にか彼女を目で追うようになっていたのだ。彼女に抱いている感情は恋ではない。


 俺は自分に言い聞かせるように心の中で叫んだ。だが、俺の耳には届かなかった。俺は自分の気持ちが分からなくなっていたのだ。


「俺は……」


 俺は答えられなかった。だが、彼女はそんな俺の答えを待つことなく、俺の手を握った。


「お腹空いたでしょ。ご飯作らせてよ」


 結局、俺は彼女が作った料理を食べて、二人で眠った。


 真夜中、量産的な「エモ」を大量消費しているような夢を見た。俺はトイレで吐いた。


 彼女が寝ている側で夏のぬるい水道水をコップに注ぎ、いつの日か精神科で貰った強い睡眠薬を飲んだ。彼女とは何度も寝たが、今日は妙な気分だった。


 朝目覚めると、嫌な予感がした。


 彼女まで、どこかに消えてしまう予感だ。

 悪い予感を無視し君は俺の隣で笑っていた。


「私が居なくなるとでも思った?」


 彼女が再度"にへり"と擬音が付く笑顔を見せてきた。この瞬間、君への恐怖は最大になった。


「それでも、俺は君が嫌いだ」

「本当に卑屈家なんだね。さぁ、おいで!」


 両手を広げた彼女に飛びつく。

 甘い抱擁を受けた状態の俺に彼女が囁く。


「可哀想なメンヘラ君、甘やかしてあげる」


 俺は彼女から逃げ出したかったが、身動きが取れなかった。彼女の言葉に、どうしてこうも腹が立つのか。


 彼女は自分を「優しいおねーさん」などと自称し、自分が偉そうな態度をとっているが、本当は自分自身に問題があるのだろう。


 そんな彼女を放っておくわけにもいかず、二人して互いの話し相手になった。彼女はよく喋った。今までどんな人生を歩んできたとか、誰を好きになって付き合っただとか、俺は興味がないのに色々話してくれた。


 俺は適当に相槌を打っていたが彼女はそれで満足している様子だった。


 ◆


 馬鹿な野郎が惹き寄せられる「優しい女ファム・ファタール」という奴は、ハッキリ言って糞みたいな存在だ。


 よくある陳腐な話、一人の女性を好きになった話。俺達は本当は昔から、ただ救いを求めてただけかもしれない。


 他人が息を吹き掛ければ、散ってしまう汚い屑同士の豊かな愛情の始まりの話だ。

 

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