第30話:エピローグはまだまだ先語る気ないぜ

「お金がない!」


 ドン、とテーブルに手をついて、私は大声を出し立ち上がった。


「なんでだよ。あたしらあんだけ頑張って魔族撃退したろ。報酬いっぱいもらったんじゃないのか?」


 肩口で切りそろえた赤毛に触れながら、スピネルが言う。


「そ、そうですよねぇ。むしろお金持ちに……! みたいな展開、期待してたんですけど、なんでお金ないんですかぁ?」


 色素の薄い髪に幾筋かの金が混ざる、変わった髪色のスピネルが続けた。


「報酬はちゃんともらえてるけどさ、その、色々、装備代とか、生活費とか、治療費とか、ね……」


 さすがに破損した魔導具の修理代は要求されなかったが、当然冒険者として生きていくにあたって、代替品は必要になる。しかもこの町、商品の質がいいのでその分お値段も張るのだ。そして、当然宿代やら食事代も必要になってくる。それも、私たちの分だけではない。


「まぁ、コハクとそのお母さんの分もしばらく立て替えなきゃならないのは、事実だけどな……」


 冒険者協会で一旦宿泊施設は貸してくれているものの、本来それは駆けだしの冒険者や資格取得者のためのものである。生活費も当然かかってくるし、メノウさんが仕事を見つけるまではしばらくお金もかかるだろう。そして――。


「なんや、しけた話しとるなぁ。もっと景気いいこと話さへん?」


 黒髪に、黒い一本の尾と狐耳の生えた女性がテーブルに近づいてきた。……おいこら。


「あのねぇ、あなたの治療費とか生活費も結構かかってるんだけど!?」


 そう。大怪我して魔界から帰ってきたコクヨウの治療費や、その後の生活費も全部私たちが立て替えているのだ。……状況的に仕方がないんだけど。


「そんなこと言ったってしゃーないやろ、私の尾っぽ、ほとんどなくなっとるんやからロクに魔術も使えん。自慢じゃないけど生活能力ないで私」


「知ってるよ! ここまでなんもできないとは思ってなかったよ!」


 バイトでもしてもらおうかと思ったが、基本的な生活能力が壊滅的だったので、働けるレベルではなかった。……どうやって生きていたんだ、今まで。


「魔術で何でもやっとったし、必要なもんは支給されとったからなぁ。いや、なくなるとしんどいわホント」


 ぐ。こっちから無理言ってお願いしたことだから、そう言われると……。


「……まぁ、理由が理由だし、帰ってきただけ良かったけどさ」


「せやろ? だからしばらくはダラダラと――」


「それとこれとは別!」


 言葉と同時に、何冊かの本をコクヨウの前のテーブルに叩きつけた。


「……なんやこれ?」


 本を手に取り、怪訝そうな表情をするコクヨウ。


「うわ、なつかし」


「あー、やりましたねぇ、お勉強」


 スピネルとルチルの言葉に続けて、私は口を開く。


「これ、冒険者資格のテキスト。これで勉強して、冒険者資格を取ってください!」


「……はぁ? さっきも言うたろ。私、魔術もロクに使えんようなっとるんやで。戦いなんかできへん」


「コクヨウ。……最初はみんな、そうなんだよ」


「うん?」


「私たちはさ、一応訓練受けてたからそれなりに戦い方とか知ってたけど、冒険者を目指す人、最初はみんな、戦い方も知らない、武器を持ったこともない、魔術も使えない。普通はそうなんだよ。みんな一緒。だからさ――ここから、始めてみない? 新たなスタート」


 コクヨウは、その言葉を聞いて少し考えた後、私の方をじっ、と見た。……こういう仕草、ちょっと動物的だな。


「……もし」


「ん?」


「もし、私が、資格取れたら、一緒にパーティ組んで、冒険出てくれるか?」


 私と、スピネルと、ルチルは、顔を見合わせて、笑う。


「そんなの、あったりまえじゃん。色んなとこ、行こう、一緒に」


「そうか。そか――うん。ええな、それ。よっしゃ! いっちょ頑張るか!」


 前向きになってくれたようでよかった。――もうすぐ、私たちの初心者パーティに、新しいメンバーが加わることになりそうだ。


◆◇◆◇◆◇


「じゃーん!」


 コクヨウが冒険者カードを取り出して掲げている。カードには大きく、Lv.1、の文字。


「よかったー。いや、意外と勉強できたねコクヨウ」


 私と、スピネル、ルチルとコクヨウは冒険者協会にある食堂でお茶を飲んでいた。今日はコクヨウの冒険者カード授与の日だったのだ。


「一応特殊部隊で訓練受けとったからな……さて、じゃあ冒険に行くか」


 やる気十分なコクヨウが何だかほほえましい。私たちも資格取ったばかりの時はこんな感じだったなぁ。


「気が早いな。まぁでも、簡単な薬草取りとかそういうのなら、すぐにでもできんだろ」


「そんなお使いみたいなんやらんとあかんの?」


 スピネルの言葉に難色を示すコクヨウ。


「最初はみんなそうなんだよ……あれ? コハク?」


 私たちのテーブルに、見覚えのある狐の少女が駆け寄ってきた。メノウさんも一緒だ。


「あらぁ、コハクちゃん、こんにちはぁ、ちょっと大きくなりましたかねぇ」


 ルチルはコハクを撫でている。


「こんにちは、メノウさん、どうですか? 不自由ないですか?」


「ええ、本当にみんな良くしてくれて……とても助かってます」


「よかった。今日は何か用事で?」


「ええ、コハクが皆さんに会って、言いたいことがあるって」


 え、そうなの、嬉しい。じゃあこの後一緒に遊ぼうかな。


 そんなことを思っていると、コハクがこちらに近づいてきて、耳打ちしてくる。


「あのね、コハク、将来の夢が決まったの。だから……アレクに伝えたくて」


「へぇ!? いいね、なになに?」


「あのね――」




 ここまでの道のりは、決して簡単なものじゃなかった。何度も死にかけたし、つらいこともたくさんあった。


 でも、泣いていた小さな狐の子を、お母さんのもとに届けるっていう大冒険は見事達成したからね。うん。頑張った。


 新しく加わった仲間もレベル1だし、まだまだ、初心者パーティの冠は外せなさそうだけど。いつかは、すごい冒険ができたらいいと思う。


 だって……私たちの後を追いかけてきてくれる子がいるからね。これからも頑張っていこうと思うんだ。



 ――コハク、大きくなったら、一緒に冒険をしよう。待ってるからね!


 

 

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後書き


初心者パーティの子育て冒険譚、一部完となりました。


ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。


一度、半年ほど続きが書けない時期があり、このまま完結できないかと思っていたのですが、何とかここまで来ることができました。


彼女たちの物語はまだまだ続きますが、『子育て』冒険譚は一旦終わりです。


もし彼女たちの今後のお話に興味がある! という方は、コメントや★で応援いただけると、もしかしたら何らかの形で続きがお見せできるかもしれません。


ではまた、次の物語でお会いできることを楽しみにしています。


里予木一


 


 

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初心者パーティの子育て冒険譚 里予木一 @shitosama

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