Interlude4 - 描いてく未来図
「じゃ、行ってくるわ。どのくらいかかるかわからんけど、誰かはここにいるようにしてくれると助かる」
冒険者協会というバカでかい建物の一室。そこに、黒曜と、アレク、スピネル、ルチルはいた。――
「うん。交代でいるようにするけど……連絡手段とかはないんだよね」
「連絡するくらいなら直接戻って来た方が早いわな。……もし、そやな、丸一日帰ってこなかったら失敗したと思ってくれてええよ」
「……縁起でもないこと言うなよ。ちゃんと帰ってこい」
「そ、そうですよぉ。コハクちゃんのためにも、私たちのためにも……あなた自身のためにも、絶対戻ってくださいね」
スピネルとルチルの言葉に苦笑する。二人とも人がいい。まだ会って一週間、しかも元は敵だったのに。
「まぁ、私も死ぬ気はあらへん。ただ、念のため、や」
ふと視線を感じてみると、アレクが黒曜を、じっ、と見ていた。
「どしたん?」
「コクヨウ。私もすぐ忘れるからちゃんと言っておくけど、自分を、大切にしてね。何よりも自分のことを優先して。――それが、結果的にみんなのためになるはずだから」
「――うん。わかっとるよ」
不安そうなアレクたち三人に手を振り、黒曜は魔界への転移を開始した。――さて、どうなることやら……。
◆◇◆◇◆◇
――空気が、変わる。今までの明るく、清々しい世界から、反転する。太陽の代わりに、人工の照明。雲も雨も存在はするが、何らかの仕組みで生み出されているものだ。そして――清潔ではあるが、爽快ではない、空気。
「ほんの少し、あっちにいただけなのに、ダメやな」
こちらの世界に、違和感――どころか、不快感すら感じるようになってしまった。表の世界は、眩しいが、毒でもある。だからこそ、知ったものは皆、侵攻しようとするのだろう。どうしても欲しいと、思ってしまうのだ。
「ま、ええわ。ひとまず転移装置の開発場所へ行こか」
転移し、移動する。いかにも研究所、といった白を基調とした大きな建物の前に到着した。しばし、正面から訪れる理由を考えてはみるが――。
「……なんもあらへんな。――しゃあない、押し入るか」
迷う時間はない。黒曜が帰還したことは検知されている可能性が高い。魔力反応は人により異なり、彼女がどこにいるかは常に把握されるようになっている。
「――結界、解除」
研究所の壁に手を当てる。この手の研究所は防御や侵入防止のために強固な結界が張られている。――が、黒曜クラスの使い手なら一時的に無効化することも可能だ。当然警告は出るはずなので、時間はない。結界の解除が成ったと同時、建物内へ転移する。
「
ここから先は時間との勝負だ。建物内を大声で叫びながら進む。――歩いている妖狐を発見した。混乱しているらしいので、乗じて声を掛ける。
「
「え!? ……ええと、彼女、しばらく研究に携わるのを拒否してるとかで、地下の部屋に入れられてるって噂聞いたけど……」
読み通りか。生存はしていそうで一安心。
「すまん! 助かる!」
返事をした直後、黒曜は一瞬で地下に転移した。転移先に障害物があったりすると結構悲惨なことになるが、時間がないので妥協する。
独房のような部屋。気配があるのは一つだけなので、ドアを破壊して侵入した。
「――よし、おった!」
中で驚いた表情をしていたのは、
「あんた、
一応確認を取る。
「え、ええ。……あなた、確か特殊部隊の……?」
「黒曜や。知っとったか、話し早いわ。――色々あってな、私、人間界におったんよ。そこでな、
「――
「ああ、元気や。運が良かったな。でな。その子、人間界で今何とか暮らしとる。ただやっぱ、子供には親、いるやろ。
「――行くわ。もう二度と会えないと、死んでるかもしれないと、思ってたから……あの子のためなら、何でもする。命だって、懸けられる」
「よし、交渉成立やな。さすがに人間界に飛ばすにはちょっと時間かかる。一旦この建物から出るで。私と手ぇ繋いでや」
『――縫い留めろ』
魔力を伴う、声が聞こえた。
「――ヤバい、
結界を張る。その直後、周囲から、無数の魔力で編まれた剣が飛来する。卑怯なことに、剣はすべて
「……くっ!」
とっさに、
――肉を裂き、血が噴き出す音が響く。
「黒曜、さん……?」
「いっつ……おい、
黒曜を串刺しにしたのは、先日彼女と共闘した鬼の将軍だった。他の三名も、あの時に共に人間界に侵攻したメンツだ。
「お前が帰還していないと聞いてな。だが、そう簡単に殺されるとは思えない。上に警戒を進言し、我々がその任に当たっていた。――裏切ったか、黒曜」
「裏切るも何も……元から、別に愛国心とかないねんけどな……」
全身から血が流れる。体の傷もだが、尾に傷を受けたことが特に深刻だ。この剣、魔封じの術が込められていて、魔力の源たる尾が機能していない。つまり――魔力が制限されているような状況だ。
「
「そんなんちゃうよ……あんた……もうちょっと柔軟に生きてもええんやないか。地上、楽しくなかったか? 私はな、あっちで暮らしたい、って思ってな。そのためにちょっとしたお手伝いをしとるだけや。――別に博士としてのこの人はいらんのよ。『母親』としての
「戯言を……」
わかっていたが、会話で納得してくれるような相手でもないし、そもそも相手からすれば黒曜を見逃す理由はない。そして――彼女の肉体的にも余裕はない。少なくとも任された任務は果たさなければ。
「隠しとった二本の尾っぽは、無事やな……
二本の尾を代償に、本来なら不可能な自分以外の単独転移を実現させる。尾は、長い年月をかけて生やす、魔力の塊だ。その消滅と引き換えに、魔力を一時的に跳ね上げ、簡単な奇跡を実現することができる。
「――なにっ! 貴様!」
紅蓮やその仲間が阻止しようとするが遅い。
「……これで、最低限のミッションは達成や。あとは……」
自分が帰るだけ、なのだが。
「……やってくれたな。――まぁいい。彼女の知識は既に別のものが引き継いでいる。目的は、吐いてもらうがな」
「さっき言った通り、なんやけどな……はぁ、ゴホッ」
傷が深い。治療を走らせているので何とか生きているが、背中から腹部にかけての傷は放っておくわけにはいかない。そして何より――残った五本の尾のうち、四本が魔力の剣に貫かれ、地面に縫い留められている。厄介なことに全然抜けず、動けない。拘束用の魔術らしい。
「……話はあとでゆっくり聞かせてもらおう。……連れていくぞ。手伝え」
紅蓮達が近づいてくる。当然ながら、このまま捕まるわけにはいかない。そうするくらいならいっそ――。
(こいつら道連れに、自爆したろか)
魔力を封じられ、拘束はされているが、全部の尾を代償にして自爆でもすれば、大きな損害は与えられるだろう。――
(――ま、友達もできたしな。最後の思い出としては悪くない)
そんなことを考えたとき、よぎったのは、先ほどかけられた言葉。
『自分を、大切にしてね。何よりも自分のことを優先して』
(ええんかな、こんなとこで、死んでもうて)
空を見上げる。最期の景色がこれか? あの美しい空は、もう見られなくてもいいのか?
……ここしばらくの日々を思い出す。眩しくて、楽しくて、幸せだった日々を。
――忘れるなんて、諦めるなんて、できない。
「だめや、こんなとこで、死にたない」
そう、思ってしまった。
「抵抗する気か? 四本の尾は拘束してある。動くことすらままなるまい」
「せやな。今の私じゃ、動けん。だから――これからは、新しい私や」
黒曜は剣に貫かれた四本の尾を、切り離す。魔力が中空に溶け、キラキラと輝いた。
「――バカな! その尾はお前の生きてきた証……! これまでの生、全てを捨てるのと同義だぞ!」
「――私にはな、もう強さとかいらんねん。欲しいものは、もう手に入れたからな。ただ、この身一つであの場所へ戻れたらそれでいい」
四本の尾がなくなり、彼女を縛っていた拘束が解除される。空間に溶けて消えようとしている魔力を操り、黒曜は自身を転移させた。
「ほな、さいなら」
手を振り、人間界へと転移する。――もう、前までの強さは失った。残っているのは、一本の尾を持つ、力の弱い妖狐だけ。長い年月で積み重ねたものを一気に無くした喪失感に襲われるが、代わりに――手に入れたものもある。
(また、ここから、スタートや)
慌てて駆け寄ってくる少女の姿をぼんやりと見ながら、黒曜は意識を失った。
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