第29話:君への想い届いてるかい
あの戦いから、一週間が経過した。ひとまずみんなの傷も癒え、諸々の後処理もひと段落し、いったん日常が戻ってきている。――もちろん、変わったこともあるんだけれど……。
「これおいしいなぁー。毎日食べても飽きへんわ」
私の正面でニコニコとパフェを頬張る黒狐女。これが、変化の最たるものである。
「ん? なんや。私のやからな。あげへんよ」
「いいよ……いや、なんていうか、馴染んだよね。ちょっと前まで敵だったとは思えないくらい」
黒い耳としっぽを隠すこともなく、堂々とオープンテラスでパフェを食べているその様子からは、つい先日町を占拠しようとしていた主犯とは思えない。
「まぁ別に、私としては敵対心とかあらへんもんね。命令だから仕方なく、ってやつや。それに――面倒な契約させられてるからな。敵対しようと思ってもできん」
「あぁ、例の。『玉虫の魔女』さんに、やられた奴」
最初はやはり、コクヨウはどこかに閉じ込めておこう、という方向になりそうだったのだが、領主さんの意見とか色々あって自由を与える方向に落ち着いたらしい。ただ、その分制約は科せられているわけだが。
「……あの女。不平等条約押し付けてからに。この町の不利益になることは禁止、やって。もし仮にその辺のやつに殴られても反撃できんってことやろ。襲われたらどないするん?」
『玉虫の魔女』アルメリアさんがコクヨウに課したのは、一つの契約だった。彼女が言う通り、この町の不利益になることはしない、という契約。破ろうとすると魔力が使えなくなるらしい。アルメリアさんはその手の契約魔術に長けているとか。
「いやーさすがに正当防衛は大丈夫なんじゃないの? 知らないけどさ」
「無責任なこと言わんとって。――まぁでも、感謝はしとるよ。観光したいっちゅう夢は叶っとるしな。正直、毎日楽しくてしゃあない」
コクヨウの口元には笑みが浮かんでいる。まぁ、それならよかった。――さて、そろそろ本題に入らないと。
「それは――何よりだね。……じゃあ、例の件について、話をしようか」
今日の目的はそれだった。別にコクヨウと楽しくお茶しに来たわけではないのだ。……まぁ、ここしばらくスピネルやルチルやコハクも交えて、ちょこちょこ一緒に出掛けたりしていたわけだが。
「コハクをおかんと会わせるためにどうすればいいか、やろ。……私も考えとったけどな、一番楽なのは、私がコハクを魔界に連れていくことやね。――私が捕まったことを知る連中に会ったら誤魔化さんとあかんけど、まぁそのくらいや。ただ……その場合、たぶんコハクは、親元に置いてくることになる。それが、彼女にとって幸せかどうかは正直わからん」
「そうなんだよね……」
私は溜息をつく。さすがにこんな話はコハクに聞かせられないので、今日はスピネルとルチルに相手をしてもらっているわけだが……。
「たぶんやけど、そもそもコハクの親は意図的に彼女をこっちに転移させたんやと思う。理由は前にも少し話した、転移装置の開発絡みやね。――下手するとコハクは、人質みたいな扱いされてたんやないかな。コハクのおかん、装置の開発自体には異論なかったようやけど、こっちの世界への侵略に使うのは反対だったみたいやし。……下手すると、コハク逃がした後、開発を拒否して逃げ出してたり幽閉されてたりすることもありうる」
「マジか……」
事態は思った以上に深刻だ。コハクを連れていくことにもリスクはあるし、母親がコハクを引き取れる状態じゃなかったら結局意味がない。そう考えると、この案は却下だ。代案がいる。
「――コクヨウ、相談なんだけど……」
大変なことを頼もうとしているのは承知の上だ。だけど、私にはこれしか思いつかなかった。
コクヨウは私が言葉を発する前に、大きくため息をついた。
「――コハクのおかんを、こっちに連れてこい、言うんやろ」
「……うん。できない?」
「……状況次第やけど、できるとは思う。――ただ、私にやるメリットあるか?」
「やってくれたら、とりあえず、まぁ、お金とか、すぐは無理だけど、働いて少しずつ、報酬払えるようにはするよ。あとは……」
そこで、私は姿勢を正し、コクヨウに向き合った。
「私は一生あなたに感謝する。何があっても、あなたの味方でいる。たぶん、スピネルも、ルチルも、コハクもそう。……価値があるかどうかは、わからないけれど」
それくらいしか、私にはできない。
コクヨウはその言葉を聞いて、少し驚いたように目を丸くすると、その後視線を横に――人々が行き交う、街並みに向けた。
「私な。親おらんねん」
「うん」
「それどころか家族誰もおらんくてな。訓練ばっかしてきて――んで、才能があるからっちゅうことで、特殊部隊みたいなとこに配属されてな。色々なことしてきたし、させられてきた。仲間、みたいなやつは一応おったけど、こっちに来たからな、もうおらん。つまり……私は今、一人ぼっちなわけや」
「……うん」
私と似てはいるけど、才能があったという一点で全然違うな。でも、私は才能がなかったからこそ、スピネルやルチルとこうして旅ができているわけで、どっちが良かったのかは正直わからない。少なくとも今は幸せだ。
「つまり何が言いたいかっちゅうとな――」
「――うん」
「……感謝とかもええんやけど。それよりな、なんちゅうかな。その……な」
「うん?」
歯切れが悪いな。
「わかれや! 友達欲しいねん!」
「――あははっ」
思わず、笑ってしまった。コクヨウ、顔真っ赤だ。
「笑うなや! めっっっっちゃ恥ずかしいんやぞ!」
「いや、だってさ、おかしい。そんなの――」
私は、なんならもう、友達かと思っていたよ。年齢とか、よくわからないけどさ、話してて面白いじゃん、一緒にいたら、楽しいじゃん。
でも、その言葉は飲み込んだ。彼女の想いを無駄にしたくはなかったから。
「なんや」
「ううん。じゃあとりあえず――」
そう言って私は、右手を差し出す。
「改めて、よろしく、コクヨウ」
差し出された手を、じっ、と見て、まるで宝物か何かのように、コクヨウはそっと握りしめた。
「――うん。ありがとな。アレク」
そうして、泣きそうな顔の彼女を見て、私はやっぱり笑ってしまった。――戦った時は、あんなに怖かったのに。こんなにかわいいとは思わなかったよ。言うと怒りそうだから言わないけどさ。
そのあと、なかなか手を放してないコクヨウのことはとりあえず諦めて、私たちは作戦を話し合う。――作戦、と言っても、すべては彼女次第だ。私は魔界のことは何も知らないし、全部任せるしかない。
「ほんとに、大丈夫?」
「――任せとけ。友達の頼みやからな」
その後、作戦の詳細を軽くまとめ、スピネル、ルチルにも話した上で、カイルさんにも報告した。彼は、コクヨウにそこまで任せて大丈夫か、と言っていたけど。
「大丈夫です。友達ですから」
その言葉を聞いて、カイルさんは笑っていた。
作戦決行は、三日後。
――大丈夫、彼女の強さは、戦った私たちが、一番よく知っているから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます