第6話

「ふう……。実に美味であった。しかし、少し気張り過ぎではないのか。いや、我は満足したがな。酒など口にするのは何時ぶりじゃったか、もう思い出せんわ。ぽかぽかしていい気分じゃ。しかし、お主には負担をかけてしまったのう。これだけ揃えるとなると結構な費えだったのではないか?」


「ふむ。これは何か褒美を与えんとな。そうじゃ。お互いに遠慮して残ったこのフルーツサンド、我が食べさせてやろう。もう入らんということはあるまい? この間と同じように大人しく口を開けるが良いぞ。我にはお見通しじゃ。密かに期待しておるのじゃろう? ほれほれ、遠慮するな」


「なかなか、こうやって食べさせるのは難しいものじゃな。特にこういう柔らかいものは中身が溢れてきてしまう。ふふふ。また、どさくさに紛れて指を舐めおったな。否定せんでも良いぞ。もっとしっかり吸い付くかと思うたが控えめじゃったな。お主の献身への褒美だったのだが。ふむ。指にホイップクリームがついてしまったぞ。食べ物を粗末にしてはならぬのう。んむ」


「どうした? ははん、さてはお主がレロレロとするつもりだったのか。このクリームは実に滑らかで口当たりがいいからのう。しかし、早い者勝ちじゃ。まあ、良いではないか。お主は好きな時に買えるのであろう。ん? 我か? この間の賽銭はもう使ったのかと? 大事にとってあるぞ。いざという時のためにな。今後、それほどの実入りは見こめぬからの」


「どうした? 改まった顔をして。なに? 鳥居とお社を立て直す許可が欲しいとな? よせよせ。そんなことをしても意味がない。十年二十年保ったところで、いずれは朽ち果てるのだ。なに? それでも構わないから立て直せろとな。我がこれほどはっきりと言うておるのに、意外と頑固じゃなあ」


「よいか。良く聞け。この前にも言うたが、我にとってここは仮住まいじゃ。ここが無くなれば、縛られることもなく、元の世界に戻るだけのこと。お主のしようとしていることは、我をここに縛り付けようとしているのに等しいのじゃぞ。せっかく身軽になれると思うておったのに」


「なんじゃ? その恨めしそうな顔は。我が嘘をついていると? それは聞き捨てならんぞ。誰に向かって口をきいておる。はっ! 強がりもほどほどにせいじゃと? 我がこのような外見をしているからというて、頭に乗るでない。いい加減にせぬとな、熊を呼ぶぞ。でっかい凶暴な奴だぞ。がおーじゃ」


「……。この場がどうなろうと気にせぬならば、なぜお主を助けたじゃと。それは一時の気まぐれに過ぎぬわ。あのまま見過ごしても良かったが、目の前で果てられても気分がよくない。そういうことじゃ。違う? お主に何が分かる? なに? ここが仮住まいでどうでもいいなら、見過ごせば良かったとな。ぐぬぬ。本当に口の減らぬ奴じゃ。ああ、下僕のくせに憎たらしい」


「むう。そこまで言うなら好きにすればいい。お主の金じゃ。銭をまいて雀を追い散らすような真似がしたければ好きにせい。我はもう何も言わぬ。なに? そなたが滞在するための別棟も建てるじゃと? たわけ。水道、ガス、電気、なにも無いこんなところに建ててもお主は生活などできぬじゃろう」


「うー。少しでも我の側に居られるようにしたいじゃと。なんじゃ、恩返しのつもりか? ふん。くだらん。前言撤回じゃ。建て直しも不要。お主のような者が常に近くに居ては我の沽券にもかかわる。そうでなくても近隣の祭神には見下されておるのだ。帰れ、帰れ。もう二度と顔も見せるな。分かったか!」

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