第5話

「何を驚いておる? こんなところで会うとは思わなかったじゃと? 我のやしろは分かりにくいからの。前回も偶然迷い込んだようなものじゃ。迎えに来ねば道も分からなかったであろうが。バレたかという顔をしておるな。それで、そのにやついた顔をやめるのじゃ。なに? それほど我に会えて嬉しいと? そうか、そうか」


「ほら、手を出さぬか。何をためらっておる? なに? 恥ずかしい? 周囲の視線が気になるとな? 確かに紅葉のシーズンになると、普段は静かなこの駅も人出が増えるようじゃのう。ほら、早う手をつなげ。向こうの中年の二人連れ、お前のことを幼女誘拐を企むヘ・ン・タ・イと疑っておるぞ」


「おじちゃ~ん、久しぶりだねえ。ママがお迎えに行ってって言うから来たんだよ。偉いでしょう。じゃあ、お家にしゅっぱ~つ! ……どうじゃ、我の機転は。これでお主も前科者にならんですむぞ。海より深く我に感謝するがよい。以前に比べれば少しはまともになったとはいえ、お主はいかにも『おはようじょ~』とか言ってコートをはだけそうじゃからな」


「んふふ。冗談じゃ。そんなにむくれた顔をするでない。ところで凄い荷物の量じゃな。まさか、それ全部が食料ではあるまい? なに? 今日は泊りがけの準備をしてきた? ついに本性をあらわしおったな。我とお泊りデートなどと浮かれておるのじゃろう? ほれ、手汗が酷いぞ」


「これ、手を離すな。からかっただけというのが分からんのか? 冗談でもキツいと? ふむ。胸を押さえて顔も赤いな。仕方ない。お主の健康のために、今のところはおふざけは終わりにしてやろう。ほれ、もう一度手を繋がんか。この先熊が出るぞ。それともツキノワグマぐらいは一人でなんとか相手ができるか?」


「そんなにくっつくな。歩きにくい。我と手をつないでおれば、熊もお主に手を出さぬ。どちらが上かよく分かっておるのでな。さて、人気ひとけもなくなってきたのう。登山客はバスを使うからじゃな。では、そろそろ、良いか。お主、目をつむれ。なぜかとな? そうせぬと目を回すからだ。我を信じろ。悪いようにはせぬ。では、しっかと目を閉じておれよ」


「もう目を開けて良いぞ。先ほどと景色が違うと驚いておるのか。そうじゃ。我がちょっとばかりバビューンとショートカットをしたのじゃ。あのまま歩いていては時間がかかるからのう。お主の用意してくれたものが気になってな。ほれ、この石段を登った先が我の社じゃ。一部崩れておるから足元に気を付けろよ」


「……ほう。このディレクターズチェアというもの、なかなかに快適じゃな。岩の上に腰掛けるのとは大違いじゃ。我と落ち着いてデートをしようという心遣い嬉しいぞ。で、何を用意したのじゃ? ……ん? 随分とたくさん用意したのじゃな。全部は出さぬのか? なに? 順番に出すと? コース料理というやつか。ほう。酒も用意してあるのか」


「しゅわしゅわと泡が弾けておるな。この香り、林檎の焼酎か? シードルじゃと? もちろん知っておるわい。女子たちが好むのであろう? ちゃんとしたフルートグラスでなくて済まぬと? なに、屋外で楽しむのだ。こういうプラスチックのコップで飲む方が雰囲気が出て良い。それで、一皿目はなんじゃ? これ以上焦らさんでくれ」


「ほう。魚を薄切りにしたものの上に野菜が乗ったものか。シマアジのカルパッチョ? なるほど。前回は寿司であったから、洋風にしてみたというのじゃな。我も食すのは初めてじゃが、お主の心づくし、すごく楽しみじゃ。もういいか? では、乾杯。いい香りじゃのう。ふふふ。我を酔わせてなんとする気じゃ?」

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