第3話

「お主、なんでそんな悲しそうな顔をしておるのだ? なに? 我が消滅しそうだと聞いたからだと? 人間の分際で我の心配をするとか、随分と偉そうじゃなあ。そもそも、お主こそ自ら消滅しようとしていたのではないか。我のことを言えた立場ではあるまいに」


「自ら選択しているものとそうでないものの差だと? 我は消えたくて消えるわけではないはずだとな? まったく口の減らぬ奴だ。そのような生意気なものをこのまま行かせるわけにはいかぬ。なんじゃ、今のきゅるるという可愛い音は? お主の腹の音か? ぷくく。偉そうなことを言うておるが、腹ぺこなのか」


「死ぬときに食事をしていると色々と見苦しいと聞いたと? なにを寝言を言うておる。腹が減っていると下らぬことを考えるようになるものじゃ。よし。ちょっと待っておれ。えーと……。何をしているか気になるとな? もちろん、宅配を頼んでおるのじゃ。何しろ臨時収入がはいったからのう。ここは景気よく寿司でも取ろうと思ってな」


「まあ、よいよい。気にするな。我の奢りじゃ。おお、届いたぞ。さて、これをこうしてこちらに取り寄せして……。じゃーん。特上二人前じゃ。ほれ、こっちがお主の分じゃぞ。なに? 食べたくないとな? そうかあ……。我もなあ、昔は秋祭りのときは供物を一緒に食したんじゃがなあ。久しぶりに誰かと一緒に食事をしたかったんじゃが……。もう何年も……、寂しいのう……。ぐすっ」


「おお。そうか。そうか。気が変わったか。そうじゃ、そうしたがいいぞ。我のような千年に一度の可愛らしき美少女と一緒に寿司をつまめるとは、お主も果報者じゃぞ。ほれ、そこの岩に座って寿司を見てみよ。どれもこれも美味そうじゃ。何から頂くとしようかのう。やはり、卵焼きじゃな。うむ。通はこれからと決まっておる」


「ほれ、お主も食わぬか。甘くてふんわりとして美味いぞ。そうか。手が汚れていて寿司がつまめぬのじゃな。では、我が……。ほれ、口を開けろ。あーん。遠慮するな。どうじゃ、美味いであろ? な、卵焼きを口にすると、一番楽しかった時のことが蘇ってくる気がしないか。それにしても、こうして一緒に食べると美味さが一段と際立つように思えるのう」


「よし。次は何にしようかな。海老も良いなあ。いくらの軍艦も捨てがたい。なになに? ここは白身だと? まあ、セオリーではあるな。ではお主の顔を立てて、鯛を頂くとしよう……。いっ。ううう。これはサビ入りではないか。うーん。鼻の奥がつーんとする。我としたことが取り違えたようじゃ。ほれ、そっちの桶が我のサビ抜きじゃ。交換せい」


「あ。でも、この鯛はお主の分じゃ。ほれ、口を開けろ。ではいくぞ。ど、どうした? 急に涙を流しおって。まさか、二つともサビ入りじゃったか。これはクレームをせねば。もう一人前無料で……。なに? 違うと? どういうことじゃ? わさびのせいで涙が出たわけではないのか? あまり鯛は好きではなかったか?」


「違う? あまりに美味くて感動したと? ここのところ何を食べても砂を噛むような感じだったというのか? ふむふむ。それは大変じゃったなあ。まあ、美味いのも当然じゃ。何しろ、これだけの美少女が口に運んでやっておるのじゃからな。ガールズバーで同じことを頼んでも、よほどの太客でもなければしてくれぬぞよ」


「神様がガールズバーとか太客とか言うなとな。いいではないか。色々と新しいことを学ぶのは悪いことではあるまい。そもそも小学生は働いていない? それはそうじゃな。ふう。ようやくワサビの辛さが落ち着いてきた。では次のネタを選ぼうではないか。今度はお主に選ばせてやるぞ。何がいい? いくらか。うむ。では、こうして……。これ、我の指を舐めるな。くすぐったいぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る