第2話

「ほうほう。なるほどなあ。仕事に行けば罵詈雑言を浴びせられ、手柄は横取りされる。ほぼ休みなしで働き女子おなごと付き合う時間もないと。しかも、仕事の出来ぬ後輩の方が給与が多いことが分かって死にたくなったのか。典型的なブラック企業じゃな。ん? なに? そんな言葉も知っているのかと? 当たり前じゃ、我は神ぞ」


「話が逸れたの。まあ、お主の境遇には同情しよう。じゃがな、お主は心得違いをしておるぞ。死んで花実が咲くものか、と言うであろう。こんな人里離れた場所で一人寂しく死んで悔しくはないのか? なに? もう疲れたと? 確かに酷い顔をしておるな。どうした? 我に迷惑をかけるつもりはないから他所で死ぬと申すか?」


「ただ、その前に我に詫びをしたい? ん? なんじゃ? 賽銭箱とな? そこの石が見えるか? そう、それがそうじゃ。上部の桟は朽ちてしもうたがな。中には落ち葉ぐらいしか入っておらぬ。まてまて。何をしておる。それはお主の財布であろう。ああっ。こ、これは……、じゅ、十万も入っておるではないか」


「よ、良いのか? もう自分には必要ないだと? お主、それだけあれば、美味いものを食うなり、女子と思い出を作るなりできたであろうに。なに? そのつもりでいたが、昨夜はもう店が閉まっていたのか。都会の感覚でいると地方都市は店じまいが早いのに驚くそうじゃからの。それで、もう一晩人生を長引かせるのも苦痛でやってきたと……。本当にツキのない男じゃ」


「しかし、十万円といえば大金ぞ。最近はインフレが進んでおるが、高天原ストアのオンラインショップで好きなものがたんと買えるのじゃぞ。うちのような零細では指を咥えて眺めることしかできんかったが……。いいのか? 本当にいいんだな。もう我のものじゃからな。返せと言うてももう返せんぞ。うふふ」


「なんじゃ、その目は? 何を笑うておる。最期に功徳が積めたから満足とな。もう行くと? まて、まて、まてい。うわっ。何を急に叫ぶのじゃ。驚くではないか。ん? 袖を引っ張られている? 当たり前じゃろう、我が掴んでおるのだからな。なに? さっきまで透明で現実感がなかったと?」


「ふん。別に我はホログラフなどではないわ。我はな、お主らよりも高度な存在じゃぞ。そうじゃな。お主に分かるように説明してやろう。例えば彫刻があるであろう。それを紙の上に写し取ることができるな。それと同じじゃ。我はその気になればお主らの世界に染み出して実体をとることもできるのじゃ。どうじゃ参ったか。凄いであろう?」


「その白い目と棒読みのセリフはなんじゃ。もう少しそれらしく感心してみせんか。なぜかとな? うむ。十万も寄進した大口寄付者じゃから、特別に教えてやろう。ありがたく聞けよ。先ほど実体化できると言うたがな、それには当然エネルギーが必要じゃ。それはな、お主たちの信仰心なのじゃよ。我を崇め奉る思いが強ければ強いほどよい」


「なに? 最初姿が見えなかったのはなぜかと? そりゃ、映像系と音声系では映像系の方が大容量じゃからな。それだけ大きな通り道ができぬとデータを送れぬのじゃ。なに? 今までこんな話は聞いたことが無いじゃと? そりゃそうであろう。普通はここまではせんからなあ」


「ここで聞いたことは他言無用ぞ。なに? 死人に口なしだから安心しろとな? お主もなかなかに頑固な男じゃな。それほど死に急ぐこともなかろうに。それで、なんで姿を見せ話をしたかと? うむ。実はな、我はもう消滅間近であったゆえ、なりふり構って……。あ、今のは無しじゃ。忘れるのじゃ」

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