病室で至福の一時を

朝倉春彦

その薬は…

「おはよう、どうだい、効いてるか?」


馴れ馴れしい声で私に問いかけたのは、かかりつけ医のAだった。


「どうでしょうねぇ…」


私は曖昧な表情を浮かべる。

ハッキリと"効いてない"と言えればどれだけ良いだろうか。

前にそう言ったら、Aはあからさまにハッとした顔を浮かべたから、私はワンクッション挟むようにしているのだ。


「曖昧なら大丈夫でしょ、効いてるよ」

「正直ね、微妙ってとこだと思うんです」

「微妙…変わりない?」

「ええ、変わりないです」


毎朝繰り広げられる似たような会話。

私がこの病院に入院してから半年、ずっと繰り広げられていたやり取り。


「強くして何週間経つっけか」

「1週間でしたかね」

「んー、あの薬はこれ以上強く出来ないしなぁ」


緊張感のないやり取り。

それでも、私は一応、難病と言われる病気だと言われてここに居る。


「ま、そろそろ頃合いだったし、検査して決めよっか」

「分かりました」

「でもさ、案外効いてるのかもよ?元気そうじゃない」

「さぁ…ここに来てから変わりないですよ?」

「まさか、顔色が全然違うもの。明るくなった。外で見たら見違えてると思うな」


朝の光が差し込む病室で、ベッドの上に座る私と、Aとの会話は途切れず続いた。

Aはカルテの様なファイルを手にして、それに何かを書き込むような素振りを見せる。


「先生が毎朝起こしてくれるからじゃないですか?」


私は冗談めかしに言ってみる。

Aの顔が少し赤くなった。


「僕が来る前には起きてるじゃない」

「バレてましたか」

「バレてるよ。さて、何はともあれ今日は検査に行こう」

「はい」


冗談交じりの会話に、時折挟まる事務的な会話。

毎朝毎朝繰り返される、2人だけの時間。

私はこの時間が1日で一番好きだった。

惜しいのは、Aが忙しすぎるせいで朝一しか訪れない時間だという事位か。


「結果が良ければ薬はそのままにして退院してもらわないと。もう長々と入院してるし、そろそろ外に出ても良いんじゃないかな?」


Aは、何度も言った言葉を投げてきた。


「私は、もう少しココに居座って先生の声を聞いていたいんですけど」


私も、何度も言った言葉を投げ返す。

先生の声を聞きたいのは、冗談でも何でもない、嘘偽りの無い本心だ。


「ね?先生…?」


そう言って、Aを上目遣いで見つめてみる。


入院した次の日には気づいていたんだ。


私のカルテには、何も文字が書かれていないという事に。

私が飲む薬が、何の効果ももたらさないプラセボ薬だって事に。


だけど、私はそれでよかった。

彼がどうなのかは知らないけど…きっと私と同じ気持ちなら良いな。

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病室で至福の一時を 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura

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