背徳を浴びる鳥のうた

新巻へもん

傾城傾国

 城が燃えている。

 強大な中原の王は些細な理由から私の祖国を攻めた。

 多数の兵士、鋭い干戈、何乗もの戦車。

 全く勝負にならなかった。

 祖国は滅び、父は生き延びるために私を差し出す。

 その日からは私は敵国に飼われることとなった。

 仇は力強く頭も回る。

 か弱き私の細腕ではとてもかなわない。

 けれども、私には男には無い武器がある。

 類まれな美貌と滑らかな肌。

 私が贄とされる原因となったものを当初は疎ましく感じたが、今ではこれが私の刃となった。

 憎き男にかしずき、笑みを浮かべ、歓心を買うことに腐心する。

 次第に男は私に傾倒するようになった。

 閨で甘い囁き声を男の耳に垂らす。

「ねえ、もっと燃え上がるような楽が聞きたいわ」

 これを手始めに次々と願い事をする。

「偉大な大王様。大王様に手に入らないものはないのでしょう?」

 銭、粟、財宝。

 国中から集めて蓄積させた。

 銭を通す紐は切れ、粟は蔵の中で腐り、財宝は誰の目にも触れず蔵の中で積まれたままとなる。

 浪費はこの国の力を弱らせる、その目論見で始めたことだった。

 私は計画に夢中になる。

 籠の中の鳥のように自由はないが、私のさえずりはこの国を、この城を傾かせ始めた。

 ただ、細心の注意を忘れてはならない。

 王は愚かではない。むしろ、他人のうわべだけの言葉を見抜くだけの賢さはあった。

 だから、私も心からこの壮大な浪費を楽しむことにする。

 溺れてしまえば本心が露見することはない。

 池を干し上げ酒で満たし、焼いた肉を枝からぶら下げさせる。

 淫靡な楽が奏される中、百官、宮女の衣服を脱がせ、お互いに追いかけさせた。

 礼に反した行動を心から楽しむ。

 王と一緒に酒の池に落ちて笑いあった。

 枝から取った肉の両端からついばみ合う。

 そのままお互いの唇を貪り、背徳の喜びに溺れた。

 密かに人をやって調べさせたところ、野に怨嗟の声が満ち溢れていると聞く。

 王だけではなく、私のことを罵る声があがった。

 私の中で怒りの炎が上がる。

 愚かなる愚民どもめ。身の程を思い知らせてやる。

 非を鳴らす男を捕らえさせた。

 燃えさかる炎の上に油を塗った銅の柱を渡し、その上を渡りきれば許すと申し渡す。

 必死の形相で柱の上を進む男は滑稽だった。

 半ばまで進んだところで、足を滑らせ落下する。

 その驚愕と絶望の表情を見て王とともに手を叩いて笑いあった。

 これ以上の喜びが世にあろうか。

 しかし、この喜びは西伯が領地を差し出して懇願したために失われてしまう。

 余計な真似を。

 麻痺した頭のごく一部、僅かに理性を残した部分では理解していた。

 もう十分。

 遠からず、この国は亡びるだろう。

 しかし、禁断の味を覚えてしまった私はもう戻れない。

 私は今日も王の耳にささやく。

 もっと富を、酒を、快楽を。

 

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