EP15『半月夜の雷鳴』下ノ編

 黒い蒸気が天へ昇っていく。

上半身をさらけ出した合左衛門がっさえもんを中心に、大地が円状にえぐれている。

筋肉が膨れ上がった肉体は汗に濡れ、闘いの激しさを物語っている。


合左衛門は『ふーっ』と息を吐くと、急かす様な木々の騒めきに顔をしかめる。

それはまるで、不吉な予感を予知するかの様な不安げな表情であった。




      セダは怒っていた。


青い雷光をまとい、大きく見開いた目を憎き白い愚鶹霧グルムへと向ける。

その憎しみは、彼のそばに横たわる瀕死状態の京子を、その状態に追いやった奴へのものだ。


「ぶっ殺してやる……。」


セダが静かに呟くと、イブキはそれに呼応するかの如く、勢いよく立ち上がった。

その瞬間、彼の体を覆う様に、激しい風が吹き始めた。


「……あぁ。」


風を纏ったイブキと雷光を纏ったセダは、同時に駆け出した。

まずは稲妻の様な速さでセダが前に出た。

応戦する影道とダンの元へ瞬時に到達すると、そのまま彼らを追い越した。


「セダ……!?」


「あいつ!一人で突っ込む気か!?」


地面を削りながら進むセダは、振り上げた右手を愚鶹霧グルムへと突き出した。



      「『獣王レオの雷光トニトロス』!」


セダの右手から、獣王の姿を成した雷が勢いよく放たれた。

雷鳴を轟かせながら、鋭く尖った牙で愚鶹霧グルムの右腕に噛み付いた。


はじけろ!」


セダは突き出した右手を強く握った。

するとその瞬間、噛み付いた雷獣は激しく拡散し、愚鶹霧グルムの右腕を破裂させた。


「グォォオオオオオ……!」


禍々まがまがしく咆哮する愚鶹霧グルムに対し、ダンの強張っていた表情がゆるむ。


「やったか!?」


しかしそれとは裏腹に、影道は緊張を解くことなく攻撃の構えを続けた。


「あの程度でひるむ様な奴では無い!気を抜くな!」


そう言い放った影道の側に、風を纏ったイブキが並んだ。

イブキは右の拳を前に突き出し、竜巻のように回転する暴風を放った。


「『暴風の拳ストームヒット』!」


放たれた竜巻は、愚鶹霧グルムの巨体を切り刻んでいく。


影道は人差し指と中指を揃えて伸ばし、愚鶹霧グルムに向けて突き出した。

そして波力を指先に集め、青色の炎へと変化させた。

その指先で宙に三角形を描き、その形を成した巨大な炎を出現させた。


「『青いブルー太陽ソルの炎フレイム』!」


そう唱えると同時に、右手を素早く振り払った。

青い炎はイブキの風の力と混ざり合い、巨大な炎の渦へと昇華した。


「ダン!」


影道の呼ぶ声と共に、ダンは両手を前に力強く合わせた。


「分かってる!縛り上げてしまいだ!」


ダンの足元から蛇の様な四本の大樹が、地面を突き破って出現した。

まるで大木に絡みつくつるの様に、愚鶹霧グルムの体を縛り上げた。


「グォォオオオオオオ……!!!」


燃え盛る火炎地獄の中、身動きの取れなくなった愚鶹霧グルムは悲痛な叫び声を上げる。


影道はセダの元へ駆け寄り、彼を睨んだ。


「セダ!落ち着け!怒りに任せて行動するのは危険だ!」


それに対しセダは、更に怒りを増幅させる。


「黙れよ!あいつは鮎河を……。」


セダは険しい表情を浮かべたまま、言い掛けた言葉を飲み込み、京子の方へと視線を向けた。

それに釣られ、影道たちが振り返った。



「……殺したんだぞ。」


セダは静かに呟いた。

京子の肌は色素を失い、出し尽くされた血液で出来た血溜まりの上で、彼女は安らかに眠りについていた。

この現実を目の当たりにした彼らには、冷静さを保っていられる程の強靭な心は備わってなどいなかった。


イブキの涙が頬を伝う。


「……京子ちゃん……。」


今にも消えそうな程の小さな声で呟くと、その場に膝から崩れ落ちた。

まさに絶望と呼ぶに相応しい光景だ。


しかしそんな彼らの思いとは裏腹に、愚鶹霧グルムは激しく抵抗する。


「グォォオオオオオオ……!!!」


愚鶹霧グルムを縛っていた大木が、めくれ上がる様な音を立てて悲鳴を上げ始めた。

ダンは瞬時に正面を向き、再び波力を込める。


「くっ……!しぶとい奴だ!」


大木の節々が破裂し始め、縛る力が弱まっていく。

影道は咄嗟にその場から離れ、三人に向かって呼び掛ける。


「全員そこから離れるんだ!一旦体勢を整えてから次の手を打とう!」


しかし影道の呼び掛けとは裏腹に、戦意を消失したイブキは心ここに在らずの状態であった。

それに気付いたダンが彼に呼び掛ける。


「イブキ!しっかりしろ!立てぇ……!」


その時、大きな破裂音と共に愚鶹霧グルムは拘束から解放された。


「……っ!?」


「グォォオオオオオ……!!!」


飛び散った大木の破片が、炎を纏って地に降り掛かり、イブキの元へ向かおうとするダンの道をはばむ。


「くっ……!」


ダンの視線の先には、未だに動かぬイブキの姿が映る。

するとその時、青い稲妻が落下する大木の破片を蹴散らした。

そこにはイブキの元へ駆け出すセダの姿があった。


「セダ……!」


ダンは僅かな希望をセダにたくし、再び愚鶹霧グルムに向かって波動を放った。


「『大木の槍ウッド スピアー』!」


鋭利に尖った一本の大木が、地面を突き破って突き進む。


しかしその時、愚鶹霧グルムは大きな口を開け、向かってくる大木を目掛けて激しく咆哮した。


「グォォオオオオオオオオオオ!!!」


その瞬間、竜巻の様な暴風と、大砲の様な空気の弾丸が勢いよく放たれた。

大木はそれに衝突するや否や、跡形も無く粉砕した。


「なっ……!?」


ダンが驚いたのも束の間、その空気砲はすぐに彼の元へと到達し、大きく破裂した。


「ぐあっ……!」


その衝撃は地面を大きくえぐる程の威力で、ダンの体を簡単に吹き飛ばした。

衝撃はイブキの元へ駆け寄るセダの方にも影響を与え、セダは襲い掛かる向かい風に足止めを食らう。


「くそっ……!」


セダは両手を前に交差させ、受け身の体勢を取った。

激しい風圧に押され、体は徐々に地面を削りながら後退してしまう。

あと一歩の所でイブキと引き離されてしまう。


「イブキ……!」


その時、セダは視界にイブキの姿を捉えた。


「……!?」


セダはイブキの表情に驚いた。

彼はこの状況下で、何故か笑っていたのだ。

セダには到底、理解出来るはずも無く、火の雨の中で笑うイブキに右手を伸ばした。


「イブキ!!!」


セダの呼び掛けに対し、イブキは声に出さず『さよなら』と言った。


刹那、イブキは愚鶹霧グルムの巨大な足に潰された。


セダの目の前でまた一人、命を奪われた。


「……」


言葉も出なかった。

気が付けば、セダは宙を舞い、激しく吐血していた。


「ぐふっ……!」


落下する速度は一瞬で、地面に強く叩きつけられる。


「がはっ……!」


再び吐血し、吐いた血液が自分の顔面に降り掛かる。

この時点でセダの意識は朦朧もうろうとしていた。


(ここは……現実か?それとも……夢の中か?)


セダは心の中で自らに問い掛ける。


(そうでなければ……ここは……)


そして、うつろな瞳に映った次の光景は、彼を更に絶望のふちへといざなうのであった。



「……え……?」



セダの目の前には、愚鶹霧グルムに胴体を噛み付かれた状態の影道が立っていた。


「か……影道……」


影道はセダをかばう様に両手を広げ、セダに背を向けて停止していた。


「……なんて顔……してるんだい……君は。」


「お前……!」


「救世主に……向かって……お前は……ないんじゃ……ないか……?」


影道はゆっくりと視線だけセダに向けると、

引きった笑みを浮かべて見せた。


「お前!何勝手なことしてんだよ!」


その時、影道の体は骨がきしむ音を発し、小刻みに震え始めた。

愚鶹霧グルムが彼の胴体を噛みちぎろうと力んでいるのだ。


セダは咄嗟に右手を振り上げ雷を発現させた。


その瞬間、愚鶹霧グルムの頭上に強い衝撃が加わった。


「……!?」


その影響から影道を捕らえていた力が弱まり、彼は正面に倒れかかった。

驚いたセダは、瞬発的に影道を抱き抱えると、余った力を振り絞り、その場から全力で距離を取った。


愚鶹霧グルムは上から加えられた力により、地面に顔面を強打する。

その頭上には、着物をはだけさせた、半裸姿の

合左衛門が立ち尽くしていた。

彼は握り締めた右の拳を睨み、鬼の形相を浮かべていた。


「やってくれたなぁ……外道め。」


怒りの込められたその言葉に反応するように、愚鶹霧グルムは再び勢いよく起き上がった。


「グォォオオオオ……!!!」


合左衛門は即座に愚鶹霧グルムの頭上から飛び降りると、大地を力強く踏み締めた。


「人の道をそれた白き外道よ、此処に眠れ。」


その時、愚鶹霧グルムは激しく喉を鳴らし、ゆっくりと口を開いた。



  「……オマエ……ダ……レ……?」



「……!?」


禍々まがまがしい姿の白い悪魔は、あろうことか人間の言葉を発した。




 森を駆ける青い閃光は、血まみれの影道を背に乗せて海岸を目指す。


「……!?」


その道中、倒れた大木と共に横たわるダンの姿を発見した。


「ダン……!」


セダは進路を変え、ダンの元へと駆け寄る。

所々に出血やアザが見られるが、影道ほどでは無い事を視認し、呼吸の有無を確認した。


「あとで迎えに来る。」


そう告げると、再び森の外を目指して駆け出した。



 やがて森が開け、月が顔を出した。

セダは息を切らし、ゆっくりと森の外へと足を進める。

そこは海岸では無く、海岸の上に立つ岩の塔であった。


「なんだ……ここ……」


まるで此処に引き寄せられたかの様に、自然と足が動いていた。

向かった先は古い石碑せきひの前だ。

古代の文字で記された文章は、セダの思考を止める。


「何て書いてあるんだ……?」


するとその時、セダの背中で影道が吐血した。


「ごほっ……!」


「影道!」


どうやら意識を取り戻したみたいだ。

影道は薄らと目を開けると、右手でセダの肩を叩き、下ろすよう指示する。


「無事か?」


「あぁ……なんとか……な……。」


影道は石碑の前で腰を下ろすと、脱力しきった様に座り込んだ。


「他の……皆んなは……?」


その問い掛けに対し、セダは表情を一切変える事なく、石碑の先を真っ直ぐ見つめた。

影道はセダのその様子から、それ以上を聞く事はしなかった。


すると影道は、石碑を見上げる様に顔を上げ、セダに語り掛けた。


「その石碑……なんて書いてあるか……分かるかい?」


その問い掛けに対し、セダは冷たく返した。


「読めねぇの分かってて聞いてるだろ?」


「……バレた?」


「ハゲ道。」


「あっははは……」


影道はいつものセダとの掛け合いを楽しむかの如く、どこかわざとらしく振る舞った。

呼吸を整えると、夜空を見上げ、再び口を開いた。


「ここは『闘尋とうじんの塔』と呼ばれる聖地でね……その昔、数々のつわものが決戦の舞台として訪れたとされる場所さ。」


「……聞いてねえよ。」


セダはぶっきらぼうに返した。

影道は続けて話す。


「『なんじいくさ始まらんとする時、すなわ人道じんどうの衝突。神の導くままに。』」


「……なんだそれ。」


「その石碑に書かれている言葉だよ。」


皆まで言わない影道に対し、セダは苛立ちを見せる。


「だからどういう意味なんだよ!」


セダは勿体ぶる影道に対して強く言い放った。


「『彼らよ。闘いが始まる時……それは正義が

ぶつかり合う時だ。それは神から与えられた

宿命なのだ。』と……そう記されている。」


そう告げる影道に対し、セダは首を傾げる。

それを見兼ね、影道が口を開く。


「要するに、闘いは自分の正義を守る為にするものだと、この石碑はうたっている。」


セダは細めた目で影道を見下した。

すると影道はそんなセダを見上げ、断言した。



 「君は君の正義を守る為に闘えばいい。」



その言葉はセダの心を浄化させる様であった。

同時に、いつかの問いに答えを出してくれた。


『俺達と愚鶹霧グルムの違いって、何なんだろうな。同じウイルスに感染して、かたや醜い怪物の姿に成り果て、片やそれを滅する為の正義の味方に成って……。』


『闘いは自分の正義を守る為にするものだと、この石碑はうたっている。』



セダは何かに気付かされた様に目を見開いた。

そしてその瞳には、黒い蒸気を放つ影道の姿が映った。


「影道……!?」


影道は微笑を浮かべ、自らの体内から放たれる黒い蒸気に対し、何の抵抗も見せずにいた。


「僕はもう生きられない。どうやら噛まれた時にウイルスに感染してしまったみたいだ。」


セダは自分をかばった影道の姿を思い返した。


「そんな……」


しかし影道は悲しむどころか、何故か笑顔を絶やさずにいた。


「君のせいじゃ無い。あれは僕が勝手にやったことだ。」


「違う!あれは俺のせいだ!俺がもっと……」


「強くなるよ。君は……。」


「……!?」


影道の言葉に驚いた。

それは覚悟を決めた男の、穏やかで力強い言葉だったからだ。


「僕は……」


その時、影道は屈託の無い笑顔を浮かべた。



 「僕の正義を守る事が出来て良かった。」




       「影道……!」



黒い蒸気は渦を巻き、影道の体を侵食する。

セダは黒を掻き分ける様に、両手を何度も影道の元へ伸ばす。


「くそっ!くそぉっ!」


「最後に……ひとつ……頼みがあるんだ……」


「黙れ!最後にさせてたまるか!」


「君の手で……僕を終わらせてくれ……」


「黙れって言ってんだろ!ぶっ飛ばすぞ!」


「あはは……。君は最後まで面白い奴だね。」


やがて影道は、漆黒の闇に呑まれてしまった。


「くっ……」


セダは奥歯を噛み締め、雷を纏った右手を勢いよく振りかぶった。


「うぉおおおおおおおおおおお……!!!」


悲痛な叫び声と共に右手を力強く突き出した。

青い雷は黒を白く染め、激しく鳴り響く。

しかし白は黒に敵うはずも無く、徐々に埋め尽くされていく。


「戻れ……!戻って来い!影道……!」


弱くなる雷鳴は、まるでセダの心を表しているかの様であった。

やがて黒は全てを食い尽くし、セダの手はそれに弾かれる。


「くっ……!」


後退するセダは、目の前の黒を視認する。


「……っ!?」


それはもはや影道と呼ぶにはあまりにも残酷な姿を成していた。

先程まで対峙していた白い愚鶹霧グルムの面影を残し、あかい瞳以外を全て黒で覆い尽くした悪魔の姿であった。



「……影道……」


セダは小さく呟くと、影道の最後の言葉を頭によぎらせた。


 『君は君の正義を守る為に闘えばいい。』



その言葉は、セダを動かす力となった。


(俺の正義……。影道あいつの正義は、俺だった。)


セダは全身に青い雷光を発現させた。


(いや……影道あいつの正義も、鮎河あゆかわの正義も、イブキの正義も、何一つ変わらない。)


握り締めた右の拳に、雷を圧縮させる。


(俺の正義……俺たちの正義……。それは……)



 『僕の正義を守る事が出来て良かった。』



    (大切な『仲間』だったんだ。)



刹那、セダは激昂する雷と共に駆け出した。



「うおぉぉおおあああああああああ!!!」



  (叫び声は雷鳴が掻き消してくれる。)



「ぁああああああああああああああ!!!」



  (だから今は……思いの限り叫ぶよ。)



「ぁああああああああああああああ……」



 (この声が……お前の元まで届く様に……。)



      「『王のレクス雷土トニトロス』!」



雷を宿した拳は、黒く染まった友の心臓を貫いた。


そして雨が降り始め、まるで黒を洗い流す様に降りしきった。



 合左衛門と対峙する白い愚鶹霧グルムは、突然降り出した雨に反応するかの如く、地面を蹴り上げ高く飛翔した。


「待ていっ!逃さんぞ!」


泥まみれの合左衛門は、愚鶹霧グルムを追う為に右足を踏み込んだ。

しかしその時、腹部に激しい痛みを覚え、それにひたってしまう。


「ぐっ……!」


その間にも、合左衛門は愚鶹霧グルムの姿を見失ってしまった。


「おのれぇ……。」


雨は更に強まり、皆の悲しみを表現する様に、雷鳴を轟かせた。


セダは目の前の友が消えていく様をじっと見つめる。

雨に濡れた前髪が、セダの目元を隠す。

降りしきる雨が頬を伝っているのか、それとも悲しみの涙が流れているのかは分からない。


ただ一つ分かることは……


「ここは……現実か。それとも……夢の中か。

そうでなければ……ここは……」



      彼は地獄の中に居た。



【THE STORY OF『Beginning』 THE END】

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混血の波動士 志人 @aicemilk

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