猫が作った人生ゲーム

@sousakuwakazou

猫が作った人生ゲーム

 それは何の変哲もなない放課後ことだった。正しくは何の変哲もない放課後になるはずの日だった。担任に面倒事を押し付けられた後、自分の荷物を取りに犬神太一は教室へと歩みを進めていた。一回の職員室から階段を上り、そして六年生の教室がある四階へと向かう。廊下を進み開いたドアをくぐる。そして太一は自身の目の前に広がった景色に唖然とした。

 小学生という物は高学年でも多少変わり者はいるものだが、それらと一線を画すほどの変わり者、ミステリアスガールとしてクラスで有名な湊猫がいた。彼女は自分の机いっぱいに画用紙を広げてはいたが、それに一切目もくれることなく、窓から夕焼けで橙色に染まる校庭を眺めていた。もし彼女意外なそれをしていたとしてもきっと何も感じないはずだが、彼女だけがまとう独特な癖のある雰囲気のせいで、一体猫は何を考え、何を思っているのか、その真意が見えてこない。

 だがそんな彼女に好意を抱く者は少なくなく、太一もまたそのうちの一人だった。彼はただ一人たそがれる猫を見て思わず扉の後ろに隠れる。

「そこにいるのは犬神君でしょ」

しかし猫にはお見通しのようで、すぐに名前を言い当てられてしまう。

「隠れなくてもいいじゃない、別に何か悪いことをしているわけではないのだから」

そう言われて仕方なく、僕は姿をさらした。扉の裏から出てくる僕を猫は嘲笑の眼差しで見つめていた。だがその瞳からはどこか大人びたものを感じる。そんな彼女の視線一つさえ太一をときめかせるには十分すぎるほどの物だった。

「ごめん、ついびっくりしちゃって。だってこの時間、普通誰もいないだろ」

「そうね、こんな時間に教室にいるのは、あなたのような働き者と、私のような変わり者だけね」

 クラスメイトから心の中が読めないミステリアスな変わり者だと思われていることは猫自身も十分に理解しており、逆にそれを楽しんでいる節もある。

「どうして僕が働き者だと思ったの」

 僕は自分の机にかけてあるカバンに背負いながら彼女に尋ねた。

「あなたが先生に呼ばれているのを見ていたからよ。あなたって毎回そうよね頼まれると絶対に断れない。お人よしなんだか勇気がないのか、一体どっちなのかしら」

「うるさいな、別に悪いところじゃないだろ」

「そうね、ならそんなお人好しな犬神君に頼みたいことがあるのだけどいいかしら」

 あの湊猫が頼み事、そのあまりにも不可思議な事態に帰宅する気満々だった体は思わず足を止め、振り返る。猫は口角を上げ、笑顔を作りながら太一の瞳を見つめた。その怪しく光る瞳孔に太一は思わず体が強張る。

「私ね、大きくなったらボードゲームのクリエイターになりたいのだからあなたには私と一緒に今作ってるゲームのテストプレイをしてほしいの、お願いできるかしら」

 その言葉を聞いて太一はまず、猫の机に広げられた画用紙の意味を理解した。おそるおそる彼女に歩み寄り、彼女の机を覗く、そこには真っ白の紙にたくさんの四角いマスが書かれており、それはまるで双六のようなものに見えた。その中に小さな文字で文章が書かれていく。しかしその細部まで読もうとしたところ猫が覆いかぶさり、太一の視線を遮った。

「ネタバレ禁止~。それ以上知りたかったら、私に付き合って」

「わ、分かったよ」

 太一は背中に背負ったカバンを床に置き、猫の席の前の椅子を180度回しそれに腰かける。その仕草を見て、猫は一瞬で上機嫌になり机の引き出しから駒やらさいころやらを取り出した。やはり彼女が作ったのは双六のだったのだが、あの猫が作るものだ。決して普通なものが出てくるわけがないという確信だけが、その時の太一にはあった。

「それじゃあ始めるわよ。湊猫作の人生ゲームを」

 猫は僕に駒を渡すとそれをスタートと書かれた大きなマスに置くように指で指示した。そして交互にさいころを振り出た目が多い方が先攻ということになった。そして僕は見事に一を出して後攻になった。

「さて、最初は何が出るかしら」

 猫が振ったサイコロは最高の数字である六を示した。それに対して猫は特にリアクションを取ることもなく。コンコンと音を立てて駒を進めた。

「よかった、小学校入学前のゾーンを早めに抜けられて」

「それっていいことなの」

「まあね、幼稚園の時なんてやることすべてに大人の助けがいるでしょ、だからとてもつまらないの。それでも一応ゲームとしては通らないといけないから、運がよければ最初の一回で抜けられるようにしたの、さてあなたはどうかしら犬神君」

 猫の手からサイコロが渡される。太一はそれを握ると指を一本ずつ開きさいを振った。机の上を転がったサイコロは先ほどの猫と同様に六の目をだした。

「あなたもこっちに来れたのね。よかったわ」

「ありがとう」

 マス目の内容を一切読むことなく進んだので果たして本当によかったのか、もしかすると皆がしれない猫の過去をしる絶好の機会を逃してしまったのではないか、もしそうならかなりもったいない。そんなことを太一が考えていると猫はそんな彼のことなどお構いなしにさいころをふった。今度は三の目が出た。先ほどに比べるとはるかに小さな目だが、製作者の猫の表情は一切変わらない。

 「まあ、これなら特に問題はないわね」

 猫が止まったマスは大本の人生ゲームでもある『テストで100点を取った、3万円もらう』というものだった。それを見て彼女の表情が変わらない理由に太一は納得した。そのマスからは彼女らしさを感じない。がしかしゲームを円滑に進めるには必要なエンタメ要素を盛り込んだ部分である。

 そして、猫が札束から三枚の画用紙を切って作った札を机から抜き取る。それが終わると今度は太一の番が巡ってくる。渡されたサイコロを適当と振る。すると彼のサイコロは猫とは違い4の数字を上にして停止した。僕がそのマスに向けて自らの分身である駒を進める。そして彼の分身が歩みを止めたマスには

『クラスの女子に恋する。何事も手につかず5千円失う』

 と書かれてあった。太一はそれを見て、すぐに自身が持っている五千円分の紙束を渡すことが出来なかった。それは単に偽物のお金を失いたくないというわけではなく、マス目の文字に動揺し体がすぐに動かなかったからだった。

「まさか、あなたがこのマスを踏むなんて、これも何かの縁かしら」

 猫は面白そうに太一をおちょくる。それに太一は不覚にも顔を赤くしてしまう。

「何が言いたいのさ」

「あら、私が分かっていないとでも。いえ、それ以前にあなたがクラスの誰かに特別な感情を抱いているというのは女子の間では有名な話よ。ああ、特に気持ち悪いとかそう言う話ではないから安心してちょうだい」

「どうしてそんなことになってるんだよ」

 もしかすると、猫への気持ちがばれているのではないか、太一の額に冷たい汗が一滴垂れ落ちる。そんな彼のことを嘲笑と興味が入り混じったような、形容しがたい瞳で猫は見つめる。

「まあ、あの年の女の子はあなたたち男子が思う以上に恋の話が好きなの、だからみんなそれぞれ気になる男子がいたりするものよ」

「じゃあさ、湊さんはどうなんだよ」

 ついに聞いてしまった。ずっと胸の中にあった疑問を。これまでずっと知りたくてたまらなかったことをこの場の勢いに任せて聞いてしまった。これでももし、僕以外の男の子の名前を答えたらどうしよう、そんな不安を抱えつつも、聞かずにいられなかった。結局彼女がどうこたえようとも、それでスッとこの気持ちを消してしまえるほど、太一はサバサバした男ではないが、それでもただ知りたかったのだ。

「それは、そうね。このゲームをクリアすれば、あるいは答えが見つかるかもね。だってこれは私、湊猫の人生ゲームだもの」

 そう言われると俄然太一はやる気がみなぎった。やる気と言っても己の知の欲求を満たすためのやる気だが、それでも原動力としては十分だった。

「そっか、なら頑張ってみるよ」

「いい結果を期待しているわ。ところではい」

 猫は笑顔で手を伸ばした。一体その手が何を意味しているのか、太一には理解できなかった。しかしこの時彼は自らの欲望にとらわれて、大事なことを見落としていた。

「何その手?」

「五千円、払ってちょうだい」

「あ、そういうこと」

 ずっと自分一人世界に入り込んでいたが、もとは彼女と純粋にゲームをしていたはずだった。そのことをついうっかりわすれていた。僕は手持ちから五千円を猫に渡す。彼女はそれを机の中にしまう。

「これでようやく私の番ね、時間がかかりすぎて一回休みをもらった気分だわ」

 口では不満げな言葉を口にしたが、それにしては彼女の表情に一切の変化が見られないため言動と表情が合っていない。だがそんなことに触れる時間をくれるわけもなく、猫はサイコロを振った。そして今度は5の目が出た彼女が駒を進め、そしてとあるマスに止まった。

『運動神経抜群の彼氏ができる、男の子の駒を追加する』

 太一はこのマスを見て、先ほど以上の動揺を覚えた。既存の人生ゲームではただ夫か妻が出来て結婚するというだけのはずなのに、猫が作ったゲームではパートナーの特徴について事細かに記されている。それに太一の予想が間違っていなければここに書かれている運動神経抜群の彼氏について、覚えがある。しかしここに書かれている人と太一がおもい浮かべている人が一致しているという確証はない。だが一瞬でも考えてしまえばどんどんその思考にとらわれて、抜け出せなくなってしまう。

 そして太一はその思考にとらわれたまま、口を開いてしまった。

「ねえ、これってさ。吉田君のことだよね」

 勇気を出して尋ねてみたが、猫は一切動揺することなく、ひょうひょうと答えた。

「なぜそう思うのかしら、別に運動神経のいい子ならいくらでもいるじゃない」

「そうだけど、でも湊さんとかかわりが深い男子でさらに運動神経となると、吉田君しか思い浮かばなくて」

 それに吉田と猫には彼女が知っているかどうかは分からないが、熱愛のうわさがある、きっとそれは誰かを経由して、猫自身にも伝わっているはずであるが、それでも彼女は吉田との関係を変えるそぶりはない。

「やはり、みんなからはそう見えているのね」

「で、実際どうなのさ」

 太一が知る限り、猫と吉田がどのようにして仲良くなったのか、そのきっかけはよくわからない。ただ吉田君はサッカー一筋の男の子で小学生ながらまとっているオーラはプロのそれと引けを取らない。だから友達も少ないし、そもそも彼に話しかけようという人もほとんどいない。しかし猫だけはそんな彼に対してドリンクを作って渡すなど献身的に尽くしていた。そしてそんな彼女に対して、吉田も心を開きつつあった。

 だが実際二人の関係がどれほどのものなのか、僕も含めて、皆計りかねていた。でも誰も二人に真相を確かめる勇気はなかった。今この時の太一を除いて

「実際ね、彼が私のことをどう思っているかは分からないけど。私はただ彼を試しているだけなの、彼のサッカーへの思いがどれほどなのか、だって彼サッカー以外一切頭にないでしょ」

「それはそうだね」

 もし太一が吉田の立場なら、きっと彼の心はサッカーから猫へと大きく傾いただろう。それは単純に太一に中に猫への好意があるからということもあるが、それ以上に自分だけに対して献身的に尽くしてくれる女の子が存在したら、誰しもが自然とそちらに心を寄せてしまうに違いない。だが吉田はどうだろうか。

「結局私では吉田君の心を動かすことはできなかったわ。でも不必要と切り捨てられることもなかった。これじゃあ私が吉田君に都合よく利用されただけね。でもまあそれでもいいのだけれど、彼の頬にキスしようとしたときだけ彼、分かりやすく動揺していたわ」

 その話し方はけっして自らの失敗を自虐的に語るものではなく、今目の前にいる太一の心に嫉妬の火種を投げ込むように、彼を煽り弄ぶように語った。そしてそれにまんまと太一は乗せられてしまった。

「どうしてそんなことしたの、好きでもないのにキスしようだなんて」

「別に特別な意味はないわ。それにキスは日本では特別なものだけど、海外では挨拶程度に行われていることよ。だから私のキスも挨拶のそれだからあなたが気にすることではないはずよ」

 言われてみれば確かに猫の言っていることは正しい、でもそれだけで解決できるほどすんなり受け入れられる話ではない。

「まあ、いいわとりあえずゲームを進めましょう。一マスごとで止まっていては次の朝日が昇ってしまうわ」

 そう言ってサイコロの横をトントンと指でつつく、まだまだ納得がいっていないが、それでもここでいつまでも問い詰めても得られるのは何もない。心は痛むがそれでもこの痛みを抱えても今は進むしかない。


「誰だ」

 誰もいない部室で吉田がシューズを磨いていると、ガラガラと音を立てとびらが開く、彼は扉を開けた主に対して、最大限の警戒の意を示す

「私よ、吉田君。そう毎回警戒しないでよ。私とあなたの仲じゃない」

「別に俺たちは特別な関係じゃないだろう」

「あら、これだけ尽くしてるのにひどい言われよう」

 猫は吉田の隣に座ると彼の頭をタオルで拭く。

「あなた汗くらい拭いておきなさいよ、風邪ひくわよ」

「うるさい、あとでやるつもりだったんだよ」

 吉田は普段から群れることを嫌う。サッカーという集団競技の中でも彼は自らの個人技だけでチームを勝利へと導いてきた。だからこそ彼は自らの技に絶対の自信を持っている。そしてそれを磨くためにただ淡々とそしてストイックに己を鍛え続けてきた。それゆえに彼は人気者だが、彼の周りには誰もいなかった。ただ一人猫を除いて

「ところで今日は何しに来たんだ」

「何しにって、あなたのお世話よ。あなたサッカーは天才なのに、それ以外は何にもできないんだから」

「お前は俺の母親かなにかか」

「そんなものになりつつあるわ」

 猫は嫌々ながらも彼の話に耳を傾ける。

「ていうか、俺に付きまとうなって前から言ってるだろ」

「そうね言われてるわ」

「だったら素直に言うことを聞け」

「何よ偉そうに」

 猫はふくれっ面になって抗議するが、吉田は一切無視してスパイクのひもを結ぶ

「それに俺よりもお前にかまって欲しそうな奴がいるだろうが」

「あら、それは誰かしら」

「お前、もしかして気づいてないのか」

 吉田にしては珍しくわけのわからないことを言っているなと猫は素で驚いていた。だが吉田からすれば猫の方がわけのわからないことを言っているという様子だった。そんな二人の気まずい沈黙が余計に部室の静寂を引き立たせる。

「ずっとお前の事見てるぞ、あいつはえっと誰だ」

「私が聞きたいのだけど」

「知るか、俺はサッカー以外に興味がないんだよ」

 きっとそれは彼が一人でサッカーをする中で研ぎ澄まされた間隔ゆえに気が付くことが出来たのかもしれない。ただ今の猫にはそれがないため、気が付くことが出来なかった。

「そう、教えてくれてありがとう」

 猫は情報提供のお礼として彼の頬にキスをした。それに対して吉田は分かりやすくどうようしてみせた

「お前何してんだよ」

「別にただのお礼よ」

「気安くそんなことすんなバカが」

「あら、最後までひどいいいようだこと」

 こうして猫と吉田の関係は終わった。振り返ってみると本当にあっけない関係だったと思う。ただひたすらにサッカーにしか興味がない彼の意識を少しでも動かせないかと実験の日々を送っていたが、今日新たに猫の興味を引く存在が現れたことにより彼への興味は尽きてしまった。

 猫が太一の視線に気が付いたのはそれから次の日のことだった。


「わかったよ」

 太一はサイコロを握ると自分の掌の中で転がし、振った。すると今度は最大数である6を出した。それに喜び太一はウキウキで駒を進める。そして止まったマスに書かれていた文字に目を通す。そしてすぐに彼の心臓は冷え切ってしまう。

『恋の相手にライバルが出現、恋人を乗せているプレイヤー全員に3000円ずつ支払う』

「あらあら、残念ね。でもこれもゲームなのだから、早く~お金頂戴」

 僕の不幸を笑いながら、笑顔でお金をせびる猫に一抹の怒りを覚えた。しかしそんな彼女の表情さえきれいだと思ってしまうのはきっと太一が猫に恋の魔法をかけられてしまっているのだろう。だがそれでも猫に恋する男の子もそれなりにいるだろうし、猫がアプローチをかけている男子は先ほどの吉田君だけではない。そのことを太一は次の猫のターンに思い知ることになる。

 結局ねこに三千円払って太一はターンを終わった。 猫は巻き上げるだけお金を巻きあげ今度はサイコロを手に取った。

「じゃあ、いくよ」

 猫が投げたサイコロが宙を舞い、そして机に落ちる。二人の視線が一瞬同じものを見つめる。そしてさいはこのゲーム始まって最小の2の数字を出した。

「あらら、残念」

 その残念が果たして少ない数を出したことに向けられたものなのか、それともここまでさんざん彼女に惑わされていた。太一の心に向けられたものなのか、一切説明がないまま猫の駒は二マス先へと進んでいく。

「あら、流石にここまでの幸運のツケが来たみたいね」

 猫の体が邪魔で今の今まで彼女が止まったマスが見えなかったが、何とか彼女が動いたスキをついて、太一はマスの内容を読み取る。

「情報通の男から情報を買う。マイナス三千円」

 このゲームが始まって初めてのマイナスマスだが、それでもこれまで猫が太一から巻き上げた分のお金で十分支払うことが出来ることだ。しかし問題はそこではない。このマスに出てきている情報通の男が、猫の身近な人間のうちのだれに当たるかだ。しかしそんな知的な人間が彼女の周りにいただろうか。太一は必死にかんがえるが、思い当たる節が一切ない。

「犬神君が今何を考えてるか、当ててみましょうか」

唐突に猫が話しかけてきた。太一は一瞬驚いたが、話の内容のをよくよくかみ砕いてみると一見おかしなことを言っているようにも思えなくもないが、一方で太一に疑問の答えを向こうから提示してくれるのかもしれない、そう捉えることもできる。ならばここは一度彼女の言葉に乗ってみるのも悪くないと太一は考えた。

「へ~それができるならやってみてよ」

 ずっと猫のペースに流されてばかりなのは嫌なので、やや挑発的に言葉を返す。しかしそんな太一の思惑など全く猫は相手にすることなく、ただ自らの世界観のまま話を進めた。

「あなたはこう考えている。このマスに書かれている男とはいったい誰なんだって。どう当たってるかしら」

「・・・」

「沈黙ということは正解ということでいいのかしら」

 太一は言葉の代わりに一回だけ首を縦に振った。

「やっぱり、気づいているかどうか分からないけど、犬神君って案外考えていることが顔に出やすいタイプみたいね」

「まあ、いいわ。気が乗ったから犬神君の疑問に答えてあげる。このマスに男の子、モデルは高橋君よ」

「えっ…」

 高橋君と言えばクラスのムードメーカーとしてイベントごとがあるといつも皆を仕切っているお調子者の男の子だった。むろんそんな彼は皆をノリと勢いだけで引っ張るのは得意だが、その無計画性のせいで先生や他のクラスメイトが尻拭いをしなけれならない事態をたびたび起こしているので、あまり知的なイメージはない。

「その反応、やっぱり犬神君って分かりやすい。確かに彼は頭がいい方ではないわ。それは近くで彼を見てきた私にも分かったわ」

 猫は時折暴走する高橋の後始末する人間の一人であったが、そんな彼女だからこそ見えるほかのみんなが知らない彼の姿があるのかもしれない。

「でも、彼は人を見る目はたしかよ。きっと多くの人は彼が明るいノリだけでみんなを従えていると思っているのかもしれないけど、ああ見えて彼は彼なりに一人一人のことを良く観察しているのよ。そしてそれをもとに行動している節があるのよね。最もその観察眼を持って別のことに活かせないのかしらね」

 ずっと高橋にたいして太一は凝り固まったイメージをもっていた。しかしともに同じ時間を過ごしてみると、それほどまでに彼への見方が変わるものなのだろうか、もし太一と猫の立場が入れ替わったとしたなら。きっと彼が高橋に対して抱く印象は今とは全く違う物になるのだろうか。

 だがこれはもし高橋と太一の立ち位置が入れ替わったらどうだろうか、今はただ太一が一方的に猫に恋をしているだけで、交友関係があるわけではない。ただ互いにクラスメイトだから便宜上顔と名前を記憶している程度だ。でも普段からもっと多く時間を猫と過ごしていればきっと猫から太一への思いは今とはまた違う物だったかもしれないし、太一から猫への思いも変わるもかもしれない。ただそんな起こり得ないことを考えたところで意味がないことは太一でも分かっていた。

 でも今は思う、吉田にしても高橋にしてもきっかけがどうであれ、猫と自分よりも多くの時間を過ごしているあの二人がうらやましい。

「犬神君、大丈夫? すごく怖い顔になってるわよ」

猫に声をかけられハッと我に帰る

「いいや、大丈夫なんでもないよ」

「ほんと? 私にはそう見えなかったけど。そうだあなたが気持ちが少し楽になるような魔法の言葉をかけてあげる」

「今だけは、君と私。二人だけの時間。このゲームが終わるまでは二人きり。誰にも邪魔されないあなただけの私でいてあげる。だから精一杯ゲームを楽しんでね」

 それは本当に魔法のような言葉だった。太一の心理を完璧に見抜き、そして必要としている言葉をピンポイントで選んで発している。それはまるで高橋の技術の模倣だと言えるがしかし彼女のだけの物ともいえる。そんな不明瞭性を孕んでいるが、それでも今の太一には十分な癒しとなった。

「それじゃあ、ゲームを再開してもいいかしら」

「うん、いいよ。ごめんねいちいち止めちゃって。テストプレイなのに」

「いいのよ、これは人生ゲームなのだから。多少のトラブルくらいは想定通りだわ」

 猫は笑顔でサイコロを握った。


「おっす猫っち」

「こんにちは高橋君」

 お昼休みの時間、猫は高橋を呼び出していた。普段彼の方から猫を呼ぶことはあるが、その逆は極めて珍しいパターンだった。そのことは当然高橋も理解していおり、そのわけについて猫に尋ねるが、彼女は答える代わりに彼に要求を突き付けた

「ある男の子について教えて欲しいの」

「え~猫っちが男子のことを知りたがるなんてめっずらしい、もしかして気があるとか」

 いつも通り茶化した雰囲気で話を進めようとする高橋に対して、猫は毅然とした態度で話を続ける

「無駄な詮索はしないで、ただの気まぐよ。私は猫気まぐれに生き、気まぐれにふるまう。そう言う女の子よ」

「なるほど、分かったって誰について知りたいの」

 高橋はズボンのポケットからメモ帳を取り出しパラパラとめくった。それはみんなからすればギャグのネタ帳だが、実際は彼が念入りに調べ上げたクラスメイトの個人情報が載っていた。

「犬神君よ、報酬は言い値でいいわ。その代わり知っている情報を全部頂戴」

「なるほど、分かった。放課後までに印刷して渡すよ」

「お願い」

 どうして彼のことを今になって調べようと思ったのか、正直よくわからない。ただ前々から彼から熱い視線を向けられていることに気が付いていたが、自然とそれを不快に感じていない自分がいることへの疑問がずっと胸の中に残っていた。それを解消するために彼についてもっと知りたい。今はただその欲求だけが、猫を突き動かしていた。


 猫は手に取ったサイコロを手の中で転がす。その様子を目の前の太一はタダじっと見つめていた。見ていても面白いものではないはずなのだが、それでも太一は一切視線を逸らすことはなかった。

「じゃあ、行くわよ」

 猫が手の指を開きサイコロを転がそうしたとき、彼女の手からサイコロが零れ落ちる前に、学校全体にチャイムが響き渡った。それは生徒たちにとっては強制帰宅の時間を知らせる合図であり、二人とってはゲームオーバーを告げる鐘の音だった。

「あら、残念ね今日はここまでのようね」

「そんな」

「そう残念そうな顔をしないで、明日また続きをすればいいじゃない」

 そういって猫はカバンからスマホを取り出すと、盤面をカメラで撮影した。本来なら学校内でのスマホの使用はとがめられる行為だが、今回だけは目を瞑ることにした。

 撮影を終えると猫はテキパキとゲームを片付けだした。

「ねえ、二つ聞かせて」

「いいわよ、でも手短にね先生の見回りが来る前に帰らないとだし」

「明日もここで同じ時間でいいんだよね」

「ええ、待ってるわ」

「それと、このゲームをクリアしたら。君のことを知ることが出来るんだよね」

「そうよ、そこにあなたが求める答えがあるかどうかは分からないけど。じゃあまた明日」


 

 

 

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