第8話 勇者、戦う

 プテリに乗ってアタシは城塞都市へと乗り込んだ。幾重にも魔術防壁がかけられた頑強で堅牢で重厚なその壁を、それ以上の力で、強引な魔力放出でぶち破る。


 繊細さを求められるような魔術は嫌い。苦手なんじゃない、嫌い。出来なくはないけど、どうにもアタシの気性には合ってない。だからこういう力任せで強引で効率なんて度外視したやり方がいっちばんアタシには合ってると思う。


 巻きあがる砂煙や飛び散る破片も、アタシの周囲を包む魔力に触れるとすぐに蒸発してアタシ達までは届かない。


「強引すぎるぞ、ご主人。ウマは、大きな音が嫌いだ」


「コレがいいんじゃないっ、コレがっ! 明るくド派手に盛大に! 強さで押し切ってこそ勇者よ、策略を練ったり小手先の技術でどうにかするのはその他大勢のやり方、特別なアタシには似合わない!」


 ぎゅうっ、とアタシの腰に回された腕に力が籠められるのを感じた。アタシの後ろで騎乗するトライロの腕。舌を噛むから危ないわよ、というアタシの言葉に従って口を開かない、今は表情の見えない彼の腕。


 その込められた力に、腰回りを圧迫するアタシのそれより一回り以上太い腕に、どうしようもなく込み上げてくる何かを覚えた。

 あーっ、ロマンス自体に憧れはあったけど、自分がこんな色ボケ染みた感性持ってただなんて知らなかったなぁっ!


 どこかむず痒く、羞恥心にも似ていて、でも決して嫌じゃないその感覚に胸を高鳴らせながら、プテリの尻を蹴る。意図を察した愛馬は走駆を早め、アタシは大穴を開けた城壁から都市内部へと突撃した。


「ひゃっほぅ勇者行為の時間よっ! ぶちのめされる覚悟はイイかしらっ!?」


 盛大に声を張り上げ乗り込んだ街中。でも、なんだか様子がおかしい。


 静か。めっちゃ静かだ。あたりは静寂に包まれていて、アタシ達の背後でガレキが積み重なる音以外はなにも聞こえない。

 都市は人気がまるでなく、荒された様子も見て取れない。さながらゴーストタウン。


「ねぇプテリ。化け物がいるって話だったわよね? 人っこ1人としていないじゃない、どういうことよ。化け物がいるならもうちょっと騒がしくしててもいいと思うし、その化け物も見当たらないじゃない。これじゃ城壁を破って入ってきたアタシの方が化け物みたいだと思われてしまうわ」


「ご主人が化け物なのは、今に始まったコトじゃないぞ」


「なんですって」


「それに、化け物はいるぞ。ウマは、賢いからな。賢くて繊細だからな。ウマは、人間より化け物に敏感だぞ」


 一応戦闘に備えてプテリから降りる。どうも馬上になれていない様子のトライロ――馬に乗るのに慣れていないなんてやっぱり不思議――を手伝いつつ、そう会話をしているとプテリがある方向をそのぷっくらとした鼻で指し示した。


「……なにも感じないわよ」


「ご主人は、鈍感だな。強引で鈍感。オークやトロールの生まれ変わりか?」


「それ以上いうなら本気ではっ倒すわよ――それで、そっちにいるのね? ちゃんと化け物なのよね? ちょっと強い程度の悪党だったら困るのだけど」


 なにせ城壁壊しちゃったし。壊すに値するくらいの強敵、もしくは悪いヤツが相手じゃないと、まるでアタシが悪いコトしたみたいじゃない。

 見合うだけの化け物じゃないと色々と困る。困ってしまう。勇者的に。


「――コレは、ワタシの気配……?」


「え?」


 女の人の声が聞こえた気がして、アタシは振り返る。そこには当然女の人なんていなくて、いたのは壊れかけの人形を背負ったトライロだけ。


「今何か聞こえなかったかしら。何か言った?」


「……俺は何も言っていない」


 どうやらトライロには聞こえていなかったみたい。背負われてる人形は女性型だけど、人形が喋るわけないし……幻聴かしら?


「――なんだ、お前達は」


 アタシ達以外誰もいない、寂しさを感じるほどの街中に。

 建物の陰からその男は、まるで人型の影のようなナニカを引き連れて現れた。


――――


「ちょっとプテリ。化け物だって言うから突っ込んだってのに相手は人間よ? それも、なんだかとっても弱そうな感じの普通の人」


「ご主人、人の方じゃない。影だ。あの影が、化け物だ」


「影……? そんなに強そうには見えないけど」


 アロマとプテリの背後、シルルを背負ったトラはその影を見て確信する。

 シルエットが、完全に同じだ。


「シルル。アレは、お前か?」


「――ハイ。あの影は、ワタシの欠片の一つでショウ」


「欠片」


「欠片デス。風化し摩耗したワタシの、かつてワタシを構成していたパーツのほんの一欠片デス」


 ――で、あるならば。

 数億年を生きた疑似生命の欠片であるならば。ほんの一欠片であっても、確かに一部であったのならば。


 アロマは腰から剣を抜き、


「まぁいいわ! とりあえずあの影をぶっ倒せばいいってコトよねっ! アタシが本気になる必要があるかは分からないけどどっからでもかかって来なさ折れたぁっ!?」


 口上をあげる彼女に目にも止まらぬ速さで近づいた影は、その腕で剣をへし折ると。


「――へぐぅっ!?」


 頭部に一撃。

 路上に罅をいれるほどの衝撃でアロマは地面へと殴り倒されていた。


「…………シルル。アレは、生きているのだろうか」


「どちらを対象としての発言でしょうカ」


「どちらもだ」


「……あの勇者を自称する少女はいきていまマス」


「そうか、良かった」


「ですが、影――ワタシの欠片は、厳密には生きていまセン。疑似生命ですらなく、アレはワタシから零れた純粋なエネルギーデス。炎や光のような性質に近い、言うなれば現象そのものの具現化デス」


 よく、分からない。よく分からない説明だったが、彼女自身が言うのなら、きっとそういうものなのだろう。


「シルル。キミ自身なら、アレを倒せるのか?」


「倒す、ということが打倒することであれば不可能でショウ。相手はエネルギーそのもの、ダメージを受ける、傷つくといったモノとは無縁な在り方をしていマス。枯渇させるまで戦闘を行えば、あるいハ。ですが、エネルギーの総量が未知である以上、なんとも言えまセン」


「――――ぁぁぁぁぁあああっっっ! 痛ったいじゃないっ! やってくれたわね!」


 殴り倒されたアロマが立ち上がる。そして、素手で影に対し掴みかかった。

 そして強引に地面へと引き倒すと、影に向かって拳を振り下ろす。

 何度も、何度も、そして何度も。


「はぁ!? なんでだよっ! なんでソレに触れるんだよおいっ!」


 その様子を見ていた、影を共に現れたその男は驚き叫ぶ。

 どうも、あの影は本来は触れることが叶わない存在だったらしい。


「……シルル。アロマは戦えているぞ」


「理解不能。あの影はエネルギーそのもの、物質ではないというのに物理的に接触、干渉できるはずがありまセン」


「ご主人は、勇者だからな」


 と、トラの真横にいつのまにかやってきていたプテリがそう言葉をかけてきた。


「ご主人は勇者。勇者とは理不尽。アレは、そういうイキモノ」


 そういうものらしい。


「……理解できまセン。せめて、受容体が万全であれば解析できるものノ。口惜しい、という感覚デス」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メンヘラ、異世界へ行く チモ吉 @timokiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ