第7話 メンヘラ、城塞都市へ

 喋る白馬。


 事前にシルルから知生体同士であれば言葉が通じると聞いていたのだが、実際目の前にすると違和感が凄い。


 耳で聞こえるのは、ウマ特有の嘶く声や鼻を鳴らすようなブルルという息遣い。しかし、それが脳内にて意味のある言葉として認識できるのだ。

 なるほど、流石は異世界。実に珍妙な感覚であった。


「この馬鹿ウマ! 主人を振り落として走ってくわ、馬鹿なコト言うわ、ホント馬鹿!」


「ご主人。ウマは、シカじゃないぞ」


「知ってるわよ分かってるわよそんなこと! 言葉のアヤってやつよ! ……別に言葉のアヤでもないわね、コレ」


「それに、プテリは賢い。ウマだからな」


「どうだか」


 そんなコントの様な掛け合いを前に呆然としているトラの様子に気付いたのか。コホンと咳ばらいをしてやや赤くなった頬を見せながらアロマがそのウマを指し示す。


「えぇと。紹介するわ。アタシの愛馬、プテリよ。ほらプテリ、挨拶なさいな」


「プテリは、プテリだ。そしてウマだ。ウマは、賢いぞ」


 プテリがウマなのは見れば分かる。名前以外何一つ情報の増えない挨拶だった。

 それに、やたらウマが賢いことを主張してくる。


 ブルッ、と息を鳴らしながらトラに向かって顔を近づけてくるプテリ。


「俺はトライロだ。よろしく頼む」


「トライロ。トライロなのに、毛並みが黒鹿毛。縞模様じゃない」


 名前と髪色にどうも引っ掛かる所があるらしい。プテリはトラの頭をモシャモシャと食んできた。


「……俺は一体、何をされているのだろうか?」


「さぁ? アタシはウマになったことがないからウマの気持ちなんて分からないわね。ところでプテリ、アナタどうして戻ってきたの? 主人の元に戻ってくるのは殊勝なコトだと思うけど、なんだかアナタらしくないわね?」


 トラブルの気配かしら?


 そんな不穏な呟きをしたアロマに肯定するように、プテリが答える。


「街の中に化け物がいる。出番だぞ、ご主人」


 その言葉に、アロマの表情が好戦的に輝きだす。


「いいわね、化け物……ねぇ、トライロ。アタシは行くけど、アナタも勿論付いてくるわよね? この世界でも中々見られない、とびっきりに最高でクールでエクストリームなショウを見せてあげるわっ!」


 尋ねるような言葉ではあったが、彼女の表情は断られることを一切想定していない。トラの返事も聞かずに途中からプテリの馬具へと足をかけ始めたくらいだ。


「乗りなさいっ、突っ込むわよ!」


 もしかして、アロマは変な子なのだろうか。

 自称勇者という時点で気付くべきその事実を、遅ればせながらトラは認識し始めた。


――――


 最高の気分だった。


 彼は迷宮の奥深くにて拾ったその魔具の力に溺れていた。


 思えばこれほど気持ちの良い、人生の絶頂とでも言える気分になったことが今まであっただろうか。


 城塞都市、とは城塞にて防御を固めた人類の生存圏の在り方の一つである。文字通り堅牢な城塞で外部からの侵略者や魔物、怪物をはねのける都市だ。


 そんな都市も、この謎の魔具の力をもってすれば彼1人で簡単に制圧出来た。


 彼には何の才能もなかった。

 捨てられたのか、はたまた死んだのかは定かではないが、物心つくころには独りぼっちだった。毎日生きていくことに必死だった。年齢の規定を満たしてから騎士を目指したこともあったが才覚も金もコネクションもない彼は挫折、先日までは危険な仕事だろうとこなさなければならない冒険者と呼ばれる職種に就いていた。


 そんな灰色の、ともすればそれ以上に悪い人生を送っていた彼はその魔具と出会った。運命だと思った。共に行動していた冒険者たちからはぐれ、1人迷宮を迷っていた時にソレを見つけた。


 白い球だ。内部に煙の様なエーテル体が満ちている、透明な殻を持った手のひらサイズの魔道具だった。手にした瞬間彼にはそれの使い方が分かった。


 簡単だった。こうしたい、ああしたいと念じると、半透明な人型の影が現れ自分の代わりにそれを行ってくれる。

 影はなんでもできた。彼はそれを使って彷徨っていた迷宮から脱出した。


「まったく、生きるか死ぬかって状況に奇跡ってのは起きるモンだな、おい」


 我が物顔で都市内の街道を闊歩しながら、傍らを付きそう影に男は声をかけた。

 影のシルエットは女性型だ。文字通りただの立体化した影なのでそれ以上の特徴はない。ただ、彼はその影にどこか神聖さを感じていた。同時に、それを自由に扱える自分に酔っていた。


 影の力を得た彼は、気分の上がったまま勢いで城塞都市を占領した。なにも考えなど無く、ただ出来そうだと、その思い付きだけで行動した。

 そして、それは影によって完遂された。城塞の内に入ってから魔具を使用し、影の力で騎士や他の冒険者を打倒、都市責任者全員を屈服させてみせた。


「しかし、これからどうするか……別に王様になりたいとか、支配したいとかは思わねぇんだよな」


 気分は良い。だが、勢いだけの行動で、影の力だけでやってしまい、成せてしまったために実感が薄い。そも、自分が何をしたいのか彼は分かっていなかった。


 これからどうしようか、と男は悩む。

 今まで自分を見下してきていたヤツに復讐? 特段したいとは思わない。

 暴力を盾に好き勝手振舞う? その好き勝手を探している所だ。


 そうして悩む彼だったが、それ以上そのことについて悩む必要は無くなった。


 城塞都市内部は夕暮れもまだだというのに人気が少ない。当然だ、市民からすれば突如現れた何者かに、まさに災害にでもあったかのように理不尽に唐突に支配されることとなったのだ。皆怯えて家から出る者は少なかった。


 故の静けさ。それを豪快に破る轟音が街に響き渡る。

 明るく溌溂豪放磊落、若い女の鬨の声と共に、城壁の一部が吹き飛ばされた。


「ひゃっほぅ勇者行為の時間よっ! ぶちのめされる覚悟はイイかしらっ!?」

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