アクティビティ 🐑

上月くるを

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 よく言えば平和主義、冷静に言えば事なかれ主義と自認しているわりには、ときに突拍子もなく大胆なことを引き起こす傾向がある、アンバランスなヨウコさん。💦


 あのころ、どうしてあんなにオンライン句会の拡大を思い詰めていたのか、いまとなっては謎としか言いようがないが、とにかくなにかに焦っていたことはたしかで。




      ☕




 いつものカフェでカクヨムさんに載せる原稿の下書きをしていると、となりの席に案内された、小柄でぽっちゃりしたシニアの女性が、バッグの文庫本を読み始めた。


 以前から感じのいい人だと思っていたので、にわかに句会への勧誘を思い立った。

 一応、帰りがけを選択したのは、事後の気まずさへの用心のためだったのだろう。


「本がお好きなんですね。よかったらオンライン句会に入りません? 無料ですが」

 考えてあったわけでもないのに、驚くほどなめらかなセールストークが流れ出た。


「え、わたし、俳句なんて……」一瞬でふくよかな笑顔が凍りつくのを映像の一場面のように観察した。怪しげな裏があると思われたこと、強張った頬が物語っていた。


 以降、女性は露骨にヨウコさんを避けるようになった。つい先日も、一度座った席を途中で替えたので、そこまできらわれていることに、さすがにショックを受けた。




      🫐




 当時はほかにも文芸に関心がありそうな友人知人に片端から声をかけ、一時は十人余りにまで増えたが、結局、好きでないことは長続きせず、現在の四人に定着した。


 やみくもにオンライン句会のメンバーを増やしたいという焦りはとうに消え去り、俳句はもちろん芸術全般を尊ぶ同朋との歳月に、静かな喜びを覚えるようになった。


 現在のメンバーもいつまでも全員が健康で句会を楽しめる環境にいられるかどうか神のみぞ知るだが、そうなればなったときに、存続か閉会かを考えればいいだろう。




      🍋




 ちなみに、カクヨムさんのトップ頁の選考委員インタビューで俳人・西村麒麟さんがソフトな語り口で説いていらっしゃる俳句論に、大いに意を強くしたヨウコさん。


 とりわけ「俳句に年齢は全く関係ないですね。八十歳、九十歳でものすごく自在なひともいます」の一節に深く首肯したのは、体験的実感の積み重ねがあったからで。


 ヨウコさんが関係する句会でも、作句・鑑賞ともに少女のようにみずみずしく斬新な感性&抜群のクォリティを保持していらっしゃるのは、ほかならぬ九十代の女性。


 可愛らしい初々しさを間近にするたび、俳句は年齢ではなくパーソナルを支える器の質であると感得していたので、その先輩が認められ、とてもうれしかったのです。




      🪑




 うっかり声をかけて迷惑がられた女性客が席を立ってレジへ進むのと入れ替わりに見覚えのある顔が連れの女性と入店して来たので、急ぎ原稿に集中するフリをする。


 近所でも有名な噂好き、年長者にもタメ口で私見を主張し、都会からの移住者には先住の強権を発揮し、隣家の高齢女性を無理に散歩につき合わせているという……。


 触らぬ神に祟りなし、せっかくひとりのカフェを楽しんでいるのに、なんの責務があって理不尽な思いに堪えねばならぬのか……ヨウコさんは頑として目を上げない。





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