パン工場の秘密

長月瓦礫

パン工場の秘密


「増えよイースト菌、増えよイースト菌」


作業服を着たスタッフは紙束を中心に両手を上げて、呪文を唱えている。

これをしないとパン工場が始まらない。


紙が勝手に折りたたまれていき、鶴や紙飛行機になっていく。

他にも様々な形になっていく。


これがパン工場の秘密だ。

店員が工場の裏で両手を上げながら叫ぶ姿は、町内の名物となっている。

苦情が来たこともあったが、今は遠い昔の話だ。

クレームを入れた奴はもれなく全員、パンも食べられない体にしたからだ。


真っ白な紙に声をかけ終わると、スタッフは厨房に戻る。


小麦粉で作られた紙の上に砂糖のクレヨンでパンを描く。

そこにイースト菌をまぶし、オーブンに投入する。

当然、紙なので燃える。火の手が上がる。

燃えているうちに、食パンが錬成されている。


ふかふかとした山型の食パンが錬成された。

味は普通のパンとまったく変わらず、気づかれたことは一度もない。


「増えよイースト菌、増えよイースト菌」


選りすぐりのスタッフを集め、一つ一つ丁寧に作っている。

みんな大好きメロンパン、看板メニューのサンドイッチ、かわいいクリームパン、思いつく限りのパンを作り、世に送り出している。


ちょうど食べたいと思ったものが店にある。客は必ず口にする言葉だ。

心を読んだのかと思ったかのような品ぞろえの良さだ。


この世にないと思われるパンがある。

私が考えた最強のパンが売られている。

心の隙間を突いたのがパン工場の秘密だ。


彼らは紙の魔法使いだ。パン工場の職人だ。

開店前だというのに、すでに行列ができている。

美味しいパンに呪文をかけて、腕によりをかけて作る。

これが大人気である秘訣だ。


「増えよイースト菌、増えよイースト菌」


魔法の言葉でパンは無限に増える。

種類豊富なサンドイッチも食パンを紙に描けば、いくらでも作り出せる。

プリンターで印刷すれば、パンは分裂する。


カツサンドも豆腐サンドも具なしサンドも要望があれば、いくらでも出せる。

紙さえあれば、パン工場は潰れない。


「増えよイースト菌、増えよイースト菌」


開店と同時に客が流れ込み、パンが飛ぶように売れる。

折り鶴が紙飛行機が空を舞い、店を出た客の後を追いかける。


パンを買った客を追いかけ、ニーズを調査する。

欲しいものを探求し、紙の魔法で描く。


それがパン工場の秘密であり、魔法だ。

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パン工場の秘密 長月瓦礫 @debrisbottle00

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