修復不可能

まあ、そんなことがあったから俺は流石にダシにされたのだからもう少し近況を聞いても良かろう、と思ったのだ。ダメだったら何されてたか分かんないけど。左扉的におっけーだったらしく、彼は楽しげに笑って煙草を吸った。吐き出された煙が曇天の空に昇っていく。

「アイツさぁ、借金あるんだわ」

そして、左扉は話し始めた。

「俺が作ったんだけど」

犯罪の告白かな?

「ストーカーみたいなのもいるし、すーぐトラブルに巻き込まれるし、裏からも表も目付けられてんだわ。全部俺がやったんだけど」

次々ぶちまけられる内容に身体がついて行かない。明日これ俺殺されるのかな。

「俺さぁ、アイツの人生めっちゃくちゃにしてんの」

それは昔からでは?と思ったが口を噤む。誰だってお喋りな雉にはなりたくないからね。

「最初にアイツが俺に花束なんか差し出してきた時、俺はアイツがぶっ壊れたんだな、と思ったよ。事実ぶっ壊れてたけど。それで、いつか直ると思ったんだよな」

「直る......?」

「そう。いつか、正気に戻って、それまで俺にさせられたことを思い出して、なんつーことさせんだってブチギレると思ってたんだよ。で、俺はそれ見て笑ってやろうかと」

相変わらず性格が終わってる。

「なのにさぁ、ここまで直る気配ねーの。ずーっと俺のこと好きだとかなんだとか言ってくんだわ、アイツ」

左扉は何処か途方に暮れているように見えた。

「流石に人生めちゃくちゃにされたらショックで直るだろ、と思ったんだけどそんな気配もなくて、ずっと俺が好きなままで何をされても俺が最優先で絶対に俺に嫌われたくないんだってさ」

煙と共に掠れた言葉が左扉の形のいい唇から零れる。

なあ、俺よ。変わるものもあるみたいだぞ。信じ難いが。

「馬鹿だろ。俺さぁ、自覚あんだよ。流石に。俺は普通じゃないんだなって。でも今更どうも出来ねぇからさ、諦めてんだけど。でもアイツは多分そうじゃないだろ。そうじゃなかっただろ。俺に関わらなきゃギリ刑務所くらいは行ったかもしれねーけどちゃんと普通になれたはずだ。なのに俺のために人生修復不可能にしちゃって。本当に馬鹿だよ。壊れたままがアイツの形になっちまったんだ、きっと」

「左扉も」

最後までちゃんと聞こうと思っていたのに思わず声が出た。

「左扉も、右窓際に修復不可能にされた?」

俺の言葉に左扉は目を丸くしてから諦めたように笑った。

「そうだよ」


「お前が離せばいいんじゃないか?」

「あー」

俺の提案に左扉は含みのある返事をする。視線がウロウロと動くと脈絡なく左扉は呟いた。

「クッタクタになったぬいぐるみ」

「え?」

「もう手放した方が絶対良くて、なんならリメイクして他人に渡してもよくて、持ってたって自分はただくたびれさせてくだけだから何とかしようと思うんだけど、何か自分からは手放せないんだよなぁ......みたいな感じ」

「ああ......?なる、ほど?」

死ぬほど迂遠だが、統括すると自分から手放すことは耐えきれないということだろうか。全く、難儀なことだ。

「てかそんな簡単にいくなら流石に借金とか作らせてねぇよ」

「それは確かに」

意味なくやってたらホラーだもんな。いや、意味あってもホラーか。

「ならもう壊れたまま行くしかないんじゃないか?」

「壊れたまま行くしかないのか......」

「あっ、いた!」

左扉とどうしようもない結論に辿り着いた時、誰かが叫んだ。誰かとは疑いようもなく、右窓際である。

右窓際は俺の姿を認めると威嚇しようとしたが、左扉の一瞥で大人しくなる。グッドコミュニケーション。時間はこの二人に言葉を不要とした。

「急にいなくなったから心配してたのに......」

「お前如きに心配される俺じゃねーよ。もういいのか?」

「ああ。話したい奴とは話せたし」

「なら帰るか。鈴木、話聞いてくれてサンキューな」

「あ、うん。じゃあな」

呆気なく3年C組の爆弾は帰って行く。一人はビニール傘で雨を凌いで。一人は当たり前みたいにびしょ濡れで。お互いにお互いを壊し尽くした彼らがどうなるのか気にならないと言えば嘘になるが、今はもうお腹いっぱいなのでまた何年後かでいいだろう。まあ、上手くやるだろ、きっと。


さて、俺も帰ろうかと店に戻り、荷物を纏めて傘立てを探るが、そこに持ってきたビニール傘はない。誰かに間違えて持っていかれただろうか......と考えて思い出す。

「やられた......」

左扉の悪癖は健在のようだ。

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アンリペア 292ki @292ki

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