チカちゃんはワタシの自慢の友だち!

「わあ後ろの席の子、すっごい美人さん! 名前は? 一花イチカ? ふーん、じゃあ、チカちゃん、って呼んでいい?」


 そう声をかけてチカちゃんに近づいた初対面のあの日、正直打算しかなかった。

 だって、チカちゃんってば、この子と友だちなら自慢になるってくらいの美人さんなんだもん!

 カワイイあざとい路線のワタシとはジャンル違いだし、いいじゃーんってね。


 でも今は、チカちゃんの見た目だけじゃなくて、中身も全部好き。

 背が高くてスタイル良くて、勉強も運動もできて、クールな高嶺の花って感じなのに、女の子には、っていうか、特にワタシにはめちゃくちゃ甘くてすごい優しい。なにしたってちょーほめてくれるし。

 まあ、男に対しては塩だけど。塩っていうか、無。ガン無視。え、実はその人幽霊かなにかでチカちゃんには見えてない……? ってくらい、いないもの扱い。

 でも先生とかには男女関係なく普通に接してるから、チカちゃんって大人っぽいし、同世代の男とかサルにしか見えないのかも。

 これがまた、チカちゃんがあまりに美人だから、チカちゃんを前にすると男どもがみんながっつくというか浮つくというか、サルっぽさに拍車がかかるんだよね~。

 サルとは目を合わせないし餌付けもしない。さすがはチカちゃん。


 ある日きいてみたの。


「チカちゃんって、年上好きー?」

「……まあ、そうかな、どちらかと言えば。ああでも、協力とか紹介とか、いらないから。未成年に興味持つ成人とか、その時点でダメな大人確定でしょ」

「うーん、確かに。そっかあ。じゃあ、チカちゃんが大人になってから、同世代とで初めて恋愛できるかもってこと、かな?」

「……そうかもしれないね」


 そう言って苦笑したチカちゃんの笑顔は、とても苦い物を飲み込んだみたいに、すごく切なげなものだった。

 大人な好きな人がいるけど、自分はまだ子どもだから相手にされていないとか、相手にしてくれないからこそ好き、とか? なんかそーゆー複雑な感じ? かな? なんて思って、それ以上は踏み込めなかった。


 あんな意味深な微笑みされたら、ねぇ?

 ヤブつついてヘビ出てきたらこわいじゃん。

 どーすんの。チカちゃんの好きな人がうちらの担任(アラサー既婚子持ち、奥さんと子どもたちが大好き)とかだったら。

 略奪なんてすすめるわけにいかないし、略奪できちゃうような馬鹿な男だってなったら、もうチカちゃんの好みからハズレちゃうんだろうし。どうしようもなさすぎる。


 でも残念。チカちゃん今のカレシとのキューピッドだし、おかえししたかったんだけどな。

 カレシの友だちとか、同中の男どもから、チカちゃんを紹介してくれーって、しょっちゅう言われるし、同世代でよければ、いくらでも橋渡ししたのに。

 仕方ないから、そういうのは全部断ってる。断ったよーでもよければ紹介するよーって一応報告すると、チカちゃんあからさまにほっとするし紹介はいらないって言うから、やっぱり同世代は論外なのかな。

 仕方ないね。がんばれ少年たち、良い大人良い男に育てば相手してもらえるかもよ。

 そんなの何年かかるのかって? 何年でもかけなよ。そのくらい価値のある女だよ、チカちゃんは。


 ま、ワタシは親友だから、今でも喋り放題のひっつき放題ですけどー? なんて、ちょっと優越感を感じるのはナイショ。

 チカちゃんめっちゃ腰細いんだよ。嫉妬とかより、びっくりと心配が先にきちゃうくらい華奢。

 くすぐったがりやさんなのか照れ屋さんなのか、恥ずかしそうにもぞもぞはするけど仕方ないなぁって感じにワタシのハグを受け入れる時のチカちゃん、みょーに色気があって、ちょっとドキドキしちゃう。


 え? ドキドキするなんて変? べつに、ふつーに友だちだもん。

 チカちゃんはワタシの自慢の友だち!


 あるときうちの高校に、LGBT的な、なんかレインボーな団体の人が、講演会しにやってきた。ら。

「ああいう人のこと、どう思う?」

 講演会の後、その感想文を書く時間に、チカちゃんはどこを見ているのかもわからない無表情でそんなことをきいてきた。


「チカちゃん、それ、課題として書く良い子の感想文の話? それとも、あえて空気を読まないことがかっこいいとでも思い込んでいる中二病患者でもなければ書けないような、ぶっちゃけの話?」


 こてんと小首を傾げてきくと、チカちゃんはちょっと固まった後、おずおずと答える。


「……それなら、ぶっちゃけ、の方で。あえて空気を読まないことがかっこいいとでも思い込んでいる中二病患者でもなければ書けないような、なんて聞いたら、気になっちゃうじゃん」


「気になっちゃったかー。ま、感想文は自力で書かなきゃだしね」


「うん。人様に見せる用の模範解答なんてのは、わかりきってるからさ。参考までに、ぶっちゃけの方聞かせてよ」


 見れば、ワタシは良い子の感想文をテキトーにぺぺっと書き終わったところだけど、チカちゃんの用紙は真っ白。

 参考になるかな? どこから切り出そうかなーって悩んでるとか? まあいっか。


「今から言うのは、ほんと雑談だから。こんなん言ったらいけないんだろうなって重々わかってることだからさ、ふーんって聞き流してよ」

 そんな前置きにしっかりと頷いた美しい親友の整った顔を見ながら、ワタシはぶっちゃける。

「ぶっちゃけ、大変そうだなぁって。どう考えたって不便なのに、それを貫くなんてすごいなーって。尊敬する」


「……不便?」


「不便でしょー。なんていうか……、ああ、そう、いっしょにするなって怒られそうだけど、少数派といえばで思い浮かぶのが、【左利き】。ワタシのおじいちゃん元々左利きだったらしいんだけどさ、今は両利きなの」


「ふーん、器用な方なんだね」


「うん。おじいちゃんめっちゃ器用ー。年賀状とか両手ですすすーって同時に二枚書いたりしてる。って違うよもう。おじいちゃんの話じゃなくて、そう、おじいちゃん両利きだから、気づいたらしいんだ。で、しょっちゅう言ってるの。『世界は右利きに合わせてできている!』ってさ」


 そこまで言うと、チカちゃんはふんふんとうなずいた。


「そう、だね。言われて見れば。右利きだから意識していないけれど、確かに、世の中なんでもかんでも、右利きの人間が使いやすいようになっているかも」


「そうそう。ドアとかスイッチとか、色んな道具とか、全部右利きが使いやすいようになってるんだってさ。逆に左利きだと、色んなところで不便みたい。でもそれで、当然っていうか。まあとりあえず右利きに合わせとけばだいたいの人が使いやすいんだから、そうなるよねーっていう」


「確かに。わざわざ大多数の人が不便なように作る理由はないからね。逆に言えば、世界は、世の中は、マジョリティ、多数派にとって便利にできている、か」


 そう言ったチカちゃんをびしっと指さして、ワタシは続ける。


「そうそれ! うちの弟ね、左利きなの。おじいちゃんは自分と同じように矯正させようとしたんだけど、親が無理になおすと良くないとかって反対して、結局そのまま」


「ああ、今はそうみたいね。まあ、左利き用のハサミなんかもあるし、どちらでも使いやすいよう工夫された道具なんかもあるから……」


「うん、あるよ。でもね、弟に言わせると、やっぱり不便なんだって。そりゃ、個人の使う道具なら合ってるのを選べるけどさ。でもそういうのって数は少ないし探したりの一手間はかかるし、なにより、みんなで共有のそれこそドアとかはそうはいかないじゃん」


「ああ。配慮が行き届かない部分や、多数派に合わせざるを得ない所はどうしてもあるものね」


「そうそう。弟は、『不便。両利きになりたかった。身に着けやすい小さいときに叩き込んでくれれば良かったのに』って親にぶーぶー言ってるよ。おじいちゃん見てると、実際両利き便利そうなんだよねー」


「……多数派になれるなら、その方がいいもんね。そうなれないから、大変そう、不便ってこと?」


 一瞬だけチカちゃんの目が暗く濁ったような気がしたけど、いつものクールな無表情で尋ねてきた彼女に、見間違いだったかなーなんて思いながらうなずき返す。


「それ。性的な部分って、変えようがないんでしょ? 左利き用のハサミじゃないけど、少数派も苦労しない仕組みがあれば良いとは、思うよ? 同性婚とか? でもそれって、認められたとしても例外でしかなくない? 普通ではなくない?」


「うん、そう、だね。結婚以外にも、普通だったら苦労しなくていい苦労は、他にいくらでもあるだろうし」


「それ。子どものこととかも、もしかしたら今後技術の進歩とかで解決するかもだけど……。それでも、やっぱり、違うじゃん」


「違うね。どうしたって、多数派、普通の男女の恋愛関係とは、違う。少数派は、大多数の人間と違う部分がある人というのは、多数派に合わせた世界の中では、どこかで躓くのだろうね……」

 チカちゃんは、そんな人たちをかわいそうに思っているのか、憂いを帯びた表情でそう言った。


「んー、躓く、とまでは、どうだろ。今はほら、あーゆー人たちの活動によって色々変わってるんだろうし、昔より偏見は少なくなってきているような気がするし。でもほら、世界って結局、普通の人間に便利なようになってるから、どうしても不便はあるかなって」


「そうだろうね。そもそもが少数派なんだから、好きだと思った人が、同じように自分を好いてくれる人である可能性はどうしても低い。制度や規定なんかに、そんな関係が想定されていないことも多い。他人にすんなり理解してもらえる、当たり前の自然な関係では、ない……」


「い、いや、そこまでこき下ろすつもりはなかったんだけど……。でもなんか、ひどい言い方になっちゃうんだけど、ワタシ、大多数側でよかったー。普通って生きやすいなー。ラッキー。とは、正直思っちゃう。わざわざがんばらなくても、世界はワタシに便利なようにできているから」


 ワタシがきゃはっと笑うと、チカちゃんは上品にくすくすと笑う。


「ふふ、高みの見物だね?」


「あはは、そんな感じ。別に排除とか否定とかわざわざするつもりはないし、ああいう活動の応援もするけど、どうしたって他人事としか思えない、みたいな? だってワタシ、多数派なんだもん」


「当事者の苦しみなんてその人でなきゃわからないから。そこで、わかるーとか無責任に言わない君は、偉いと思うよ」


「そうかな? かなりひどくない? こんな上からの他人事な意見、この紙に書いたらせんせーに呼び出されると思う」


「そうかもね。要約すると、『なんか大変そうだよね。ま、せいぜいがんばって!』みたいになっちゃう。……じゃあ、そういうのに巻き込まれたら、そう、たとえば同性に告白されたりしたら、どうする?」


「まずびっくりする。で、まあふつーに、『ごめーんカレシいるからー』ってお断りする」

 なんでもない感じにきかれたから、ワタシも気楽に返した。たとえば、まあまずないって話だし。


「気持ち悪い、とか、同性愛者だって言いふらして晒し上げていじめて学校から追い出してやろうとか、思わないの?」


「思わないよ! なにそれこわい! チカちゃん、なんか嫌なことでもあった!? えっ、そうしてやりたいくらいの目にあったの!? 女にストーカーされたとか!?」


 親友の物騒な言葉に慌てて詰め寄ると、チカちゃんはワタシの驚いた顔がおかしかったのか、声をあげて笑う。


「あははっ、まさか。でも、さっきの講演で、それに近いような話があったじゃない?」


「ああ……、あれは、まあ、一昔前の話でしょ? それに、うーん、なんていうか、ワタシには理解はできないし、他人事ではあるんだけど、すごいなとは、思ってるんだよ」


「……すごい?」

 われながらぼんやりとした表現に、チカちゃんは首をかしげた。


 チカちゃんの動きにあわせてサラサラと流れるストレートヘアをキレイだなーと眺めながら、ワタシは考え考えぽつぽつと続ける。

「いやだって、性自認はともかく性嗜好、つまりは愛のために不便な生き方ができるのって、すごくない? ほら、たとえば、どんなに好きな人でも借金癖あったら無理ってなってもしかたないじゃん。生きるのにはごはん食べなきゃなんだから、いっしょにいたらそれが難しい相手なら、さめるじゃん。ふつーに」


「同性同士なんて、借金以上の不便があるだろうに、それを愛のために甘受するなんてすごい、ってこと?」


「いや借金とまでは言わないよ。食うに困るなんてないだろうし、むしろ借金と並べて失礼だったかも。でも同性同士って、絶対なにかあるじゃん、不便。そこでさめずに乗り越えるの、すごいなって。ワタシは特に、打算的っていうか、色々計算する嫌な女だからこそそう思う」


「うーん、それは、地に足がついているって言うんじゃない? 悪いことではないでしょ、ロマンでは生きていけないんだから。女の人って普通は、自分と家族の生活のことを考える性質が強いんじゃないかな」


「そうかな。そうかも。ワタシ子ども好きだし欲しいし、もし将来的に子どもが生まれてくれたらあんまり苦労とかさせたくないし、みたいな条件から考えて恋愛対象から外れるっていうのは、女の子も借金男もいっしょ、なのかも」


「ふっ、ふふふっ」

 思わず、こらえきれずに。そんな風に、チカちゃんはワタシのつたない説明を笑った。


「ツボらないでよ。まあつまり、ワタシはもしカレシがいきなりギャンブルにハマって借金にまみれたら即捨てる女だからさ。色々不便なはずの生き方を、ただ愛のために貫くっていうのはすごいなー尊敬するなーって」


「そっか」


「うん、そういうこと。もし女の子に告白されたら、その人はそういうハードルこえて女のワタシのことを好きでいてくれて、告白まで至ってるわけでしょ? だから、いじめたりはしない」

 とはいえ、ね。その気持ちを受け入れられるかってのは、また別の話で。

 気まずさに頬をかきながら、ワタシは続ける。

「うん、いじめたりはしないけど、マジかこいつ強いなヤバいなすごいなでもごめんワタシにはその生き方はできないよ……、ワタシは借金男すらムリな女なので……、楽な生き方をしたいので……、ってお断りするね。カレシいなかったとしても」


「そっか、そっか。しゃ、借金男も同性愛者も同じように無理、かあ。そうだよね。楽に生きたいよね。ふ、ふふっ、あははははっ!」


「いやめちゃくちゃ笑うじゃん。チカちゃん、普段のクールさどこ行ったのさ。涙まで浮かべてゲラゲラ笑っちゃって。……ワタシ、そんなに面白いこと言った?」


「うん、ごめん。ふはっ、め、めちゃくちゃおもしろかった。……ふふ、やっぱり私は、君のことが好きだな」


「えーなに急にー。てれるー。ワタシもチカちゃんのこと、大好き!」

 ワタシがそう返すと、ワタシの親友は、美しすぎてつくりものみたいな笑顔で、すごくキレイに笑った。


 うん、美人。

 やっぱりチカちゃんは、ワタシの自慢の友だち!

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この感情に、君は友情という名前を付けた 恵ノ島すず @suzu0203

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