この感情に、君は友情という名前を付けた
恵ノ島すず
この感情に、君は友情という名前を付けた
不満なんてないよ。
だって、友情ならおかしくないから。
友情なら気持ち悪くないから。
マジョリティの中からはみ出さずに、君をはみ出させずに、いっしょにいられるから。
だからこの名前は、気に入っているよ。
おかしくない。間違いじゃない。両親にだって世間の誰にだって堂々としていられる。誰にも非難されない。普通。普通って最高だ。
実に心地良いね。
とても素晴らしいね。
さすがは君だ。
ああ、なんて残酷でかわいくて愛しい人。
「わあ後ろの席の子、すっごい美人さん! 名前は?
私、君に初めて会った時、なんてかわいい女の子なんだろうって、びっくりしたの。
チカちゃん、チカちゃん、チカちゃん。私、チカちゃんなんだ。
ただの記号でしかなかった自分の名前が、君に呼んでもらえると、すごくステキに感じられて、くすぐったくて、とても特別ななにかに思えてくる。
「え、ヤバ。あの人かっこよくない……? あ、待ってヤダヤダヤダ! チカちゃんがライバルじゃ勝ち目ないから、やっぱ見ちゃダメ!」
ああいうのが君の好みなんだ。そう思っただけで、その人の魅力は、少しもわからなかったから大丈夫だよ。
ヤダ、なんて、叫びたかったのは私の方。
「ありがとう、チカちゃん! チカちゃんのおかげで、流れでワタシも連絡先交換できた……!」
私はあいつの事、少しも意識していないからね。
そりゃ、君よりは上手に立ち回れるよ。
そうも喜んでくれるなら、良かった。我慢したかいがあった。……よかった、って思うのが、友情、なんだよね?
「やだどうしよう。好きな人の名前が友だちリストの中にあるってだけで、めっちゃテンションあがるぅ!」
そうだね。その気持ちはよくわかる。
その名前からの通知は、もっとテンションあがると思うよ。
それがたとえ、自分じゃない誰かとの恋愛相談だって。
君からの連絡は、なんだって嬉しい。
「この組み合わせだと、かわいいんだけどちょっと子どもっぽいかなぁ。あ、下をこっちに変えたら良いかも。でもこれだとちょっと地味? ねーチカちゃん、どっちが良いと思うー?」
どっちでもかわいいよ。本当に、すごくかわいい。子どもっぽいとも地味だとも思わない。ただただかわいい。
でもあいつに会いに行くために着るのかと思うと、もっとダサイやつを薦めたくなっちゃうな。
私と買い物に来ているときくらい、あいつの話をしないでよ。なんて、言えるわけがないけど。
「ねー、これってさー、かなり脈ありな感じしない? もうこれ、告ったらいけるやつじゃない? あっちから言わせたいような気もするけど、そんなん待ってるうちに誰かにかっさらわれたら泣いちゃう」
泣けばいいのに。うそうそ。
甘酸っぱいやり取りだね。うん。この感じなら、告白すれば、お付き合いできるんじゃないかな。
あいつじゃなくとも、君に想われて愛を告げられて喜んで応えない人なんて、いないと思うけど。
私だったら、君とこんな甘酸っぱいやり取りをしていたら、我慢できずにすぐに君への愛を叫ぶのに。
ねえ、やっぱりもう少し待たない?
「告白、成功した! ありがとう! チカちゃんが応援してくれたおかげだよ〜」
ううん。私、ちっとも応援なんかしていなかったよ。
うまくいかなければ良い、君に彼氏なんてできなければ良いって、真剣に祈っていたの。
でも、おめでとう。
君がしあわせそうだから、私もしあわせだよ。うん。友だちなんだから、そのはずなんだ。
「チカちゃんにも彼氏できたらさ、ダブルデートしようよ」
そうだね。私にも彼氏ができる、それが当然で、自然なことだよね。
ズルい言い方だなんて、そんなに牽制しなくて良いじゃないのなんて、思う私が、おかしいの。
「それで、ワタシがチカちゃんの彼氏を見極める! チカちゃんを泣かすような変なやつじゃないか」
ありがとう。私が泣いたら、きっと君は慰めてくれるんだろうね。
それなら、できるだけクズそうな男と付き合ってみようかな? ……なんてね。
今、すごくすごく泣きたいんだけど、私が泣いたら、君は困るだろうか。
君の告白が成功したことへの喜びと感激の涙と捉えてくれるだろうか。
確かめる勇気はないから、この涙は飲み込んでおくよ。君に慰めてもらえそうな、その時まで。
ねえ、私を泣かすような変な奴だったら、別れろって言うの? そいつを叱るの?
あいつなんかに君はもったいないって思ったら、私だってそうしても良いのかな。それは、友情の範囲?
「将来お互いに子どもができたらさ、子ども同士いっしょに遊ばせたりしたいよね。親子で仲良しとか、理想」
そんな先のこと、なんて笑ったけれど。
そこまで付き合いが続くと疑ってもいないなんて、すごく嬉しいよ。
だから、君が想定している当たり前の将来、どうにか叶えなきゃな。
君が誰かと、あいつと? 結婚して、子どもを持って、ああ、吐き気がするけど飲み込むよ。笑顔で祝福するよ。
顔がこわばらないよう、涙をこぼさないよう、ちゃんと微笑めるよう、たくさん練習しておくね。友人スピーチだって任せてよ。
君の子どもは、きっと、とてもかわいいんだろうな。それを思えば、うん、ちゃんと笑える気がしてきた。
それで、私も同じように、か。……できるかな。
「もうチカちゃん大好き~。チカちゃんが男だったら、絶対彼氏にしてたしなにがなんでも結婚まで持ち込んでたよ~」
ありがとう。私も君の事が大好きだよ。
でも私は女だから。男ではないから。ただそれだけのことが、決定的な違いなんだね。
私は君が望んでくれるなら、同性だろうと……、いや、これだって、意味のない仮定だ。
だって、実際は、そんなことはないのだから。
私は男じゃないし、君は私を望まない。
私は男じゃないから、君は私を望まない。
わかっているのに。
嬉しくて嬉しくて、君がくれたこの言葉を、その夜何回も思い返した。
きっと、絶対に、一生忘れない。
ねえ、君のことが好きだよ。
ころころと変わる表情も、素直なところも、無邪気なところも、甘えん坊なところも、友だち思いなところも。全部全部大好き。
あいつのことを話すときの、少し照れたような笑顔も好き。
君の書く文字が好きだよ。
黒板を書き写すのが間に合わなかったのは嘘じゃないけれど、でも君に貸してと頼んだ理由の半分くらいは下心。
こんなにもドキドキしながら君のノートを借りたなんて、思ってもいないんだろうね。
君の声が好き。どれだけ騒がしい場所でも、君の声には気がつける。それくらい特別。
「チカちゃん」そう呼ばれる度に、私は私の名前が好きになる。
君が私に言ってくれたことは、私にむかって紡いでくれた言葉は、全部大切にしているよ。ちゃんと覚えてる。何度も反芻しているから。
押されたスタンプの1つ1つまで何度も見返しているなんて、それはさすがに気持ち悪いかな。
いきなり抱き着かれると驚くけど、嫌なわけじゃないよ。すごく嬉しい。
なんでもない顔、ちゃんとできてるかな?
変な反応をしたら、君から触れてくれることがなくなってしまうかもしれないから、どうにか冷静に見えるようがんばっているんだ。
目眩がしそうなほど高まる胸の鼓動を抑え、叫びだしたいほどの歓喜の震えを堪えながら、君が触れてくれている箇所に全神経を集中させて君のぬくもりとやわらかさを堪能しているなんて、気づかれていないといいな。
頬の熱だけはどうにもできないから、少しは変だと気づいているかも?
いや、気づいちゃいないか。君は、私にそこまで興味ないもんね。なんてひどい人。でも、すごくありがたい。
幾度も幾度も、君が何気なく与えてくれた全ての幸福を思い返している。
数学が苦手なところもかわいいよ。英語は得意なんだね、かっこいい。
君の好きな音楽、物語、色、食べ物、あこがれの人。
世界にはこんなにも素晴らしいものがたくさんあるって、君と出会って初めて知ったよ。
独特の鼻歌が愛しいよ。
どうして君はこんなに良い香りがするのだろう。
新しい髪型もかわいいね。あいつには不評なの? 信じられない。
太った? そんなことないと思うし、たとえ太ったのだとしても今日も君のかわいさは記録更新中だよ。そのぐらいがちょうどいいってことじゃない?
君は、日々ますますかわいくなるばかり。どこまでいくのだろうね。
君を構成するすべてが愛しい。
君がどう変わろうと、きっとどこまでも愛おしい。
それでも、君がこの感情に与えた名前は、友情だから。
私は君の、友人でいよう。
友人に許される範囲に、留まろう。
同性だから意識されないけれど、同性だからこうも無防備に君は私に接してくれる。
同性の友人だからこそ、君のたった1人に選ばれなくても、君の側にいることができる。
たった1人がもういるのに、友だちより深い仲を望んでくるような相手を自分の懐にいれるほど、君は馬鹿でも不誠実でも無警戒でもない。
私が君のたった1人に選ばれる可能性なんて、万に一つもない。
だから私は、今日も君にとって無害な存在でいつづけるよ。
この感情を、友情の範囲に留めておくよ。
君に触れない。
君の恋を応援する。
思っていることは、全部無難な表現にごまかすか飲み込む。
友情と愛情の違いなんて、たぶんその程度の事。
それだけで、この感情は友情だと認めてもらえるのだから。
それだけで、君の隣にいることをゆるされるのだから。
友だちの私なら、君の隣にいていいのだから。
きっと、私はとてもしあわせだ。
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