第2話 100回目~変わっていく二人の色彩~

 百回目のキスは簡単に奪われた。

 特別感はない。

 回数を数えていた私がバカみたいだ。

 でも千早からすれば蔑ろにしたのは私の方だ。

 少し怒っているように見える。


「お目覚めですか? 摩耶姫さま」

「別に寝てはいないけど?」

「もう下校時間が迫っているのにキャンバスも片付けていないから」

「えっ、もう!? ごめん千早ちゃん」


 私は慌てて立ち上がる。

 この半年ほど私たちはずいぶん変わった。

 すでに背の高さがすでに拳一つ分違う。

 私が縮んだわけではない。微々たるものだが私も伸びている。千早の伸びが凄いのだ。


 足がスラッと伸びたショートカットのスポーツ少女。

 部活は女子バスケットボール部。

 一年生エースとはいかないが、一年生の中ではリーダーを務める期待の新人らしい。

 クラスでも中心的な位置にいる。

 千早は元々社交的なので私からすれば不思議はない。

 うちの千早ちゃんは凄いのだ。

 なぜか私が自信満々なのはおかしいのだけど。


 千早は内向的な私とは違うのだ。

 クラスの端で静かに本を読んでいる私とは。

 千早と時間を合わせるために美術部に入った。

 理由は読んでいた小説の表紙が好きだったから。

 透明感があってどこか懐かしい水彩画風のイラストに憧れた。

 今は筆ではなく水彩色鉛筆にハマっている。

 色鉛筆で下書きして、指に水をつけて色を伸ばしていく。

 紙の白さをそのまま生かした濁りのない風景画好きだ。

 先生にはもっと描きたいモチーフを強調した方がいいとアドバイスされるのだけど。


 手を洗い終えて、慌ただしく道具を片付ける。

 千早も慣れたもので手伝ってくれた。

 美術室の鍵を職員室に返す頃には空はもう暗くなっていた。


「ごめんね千早ちゃん。今日も向かいに来てもらって」

「いいよ別に。無防備すぎるのは気になるけど」

「さすがに私も千早ちゃん以外に近づかれたら気づくよ」

「本当? なんか文化祭から気が抜けてない?」

「ははは……そうかも」


 文化祭で一年生は郷土研究の展示をした。

 ただの展示ではつまらない。

 そう白羽の矢が立ったのが美術部の私だ。

 私たちの住む町の風景画をいくつか描いてほしいと。

 おかげでうちのクラスの展示は大好評だ。

 浮き気味だった私もクラスに馴染めた。

 私の負担が大きすぎるとフィールドワークを含めて、クラスメートが色々と手伝ってくれたからだ。


「そういえば今度の週末遊びに行かない? 近藤の奴も一緒に」

「近藤さん?」


 近藤さんと言えばうちのクラスの近藤さんだろう。

 女子グループの中心にいる。

 千早とどこか似ている人。そういえば近藤さんも女子バスケ部だ。


「姫さまとお近づきになるにはどうしたらいい? そんな相談をされたの」

「……ねえ。もしかしてその姫って私のこと?」

「うん。摩耶姫さま。もしかして陰でそう呼ばれているの知らなかったの? あっ、悪い意味じゃないよ。いい意味で敬われている。というかそうじゃなかったら私が近藤のことを絞めているし」

「なぜに姫」

「髪型と雰囲気のせいじゃない? 摩耶の髪は綺麗だし」


 そう言って千早はいつものように私の髪を撫でた。

 手櫛の要領で登頂から腰まである毛先までゆっくりと透くように。

 髪を伸ばしているのは千早がよくこうしてくれるからだ。

 私の長い髪を透いたり、編んだり。

 千早は自分のことを女らしさが足りないというが、十分に可愛らしいと私は思っている。


「……遊ぶ。そして近藤さんと仲良くなってお姫様扱いを解かないと」

「たぶん無理だと思うよ。摩耶は摩耶だから」


 グッと拳を握りしめた私の決意は即座に否定された。

 そして週末。

 近藤さんたちクラスメートと仲良くなれたが、摩耶姫の名前は広まった。

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