流れ星

第1話

 なんでここに。


 俺は見覚えのある後ろ姿をみとめ、凍りついていた。家の近くにある公園の自動販売機で、水でも買おうと家を抜け出してきたときだった。


 昼間は親子連れや老人たちでにぎわうのどかな公園だが、夜はひっそりと静まり返り、闇の中に浮かび上がるジャングルジムやブランコが不気味な影を落としていた。


 煌々とまぶしい自動販売機の前に置かれたベンチに、小さな人影があった。小さな子供のように膝を抱え、細かく肩を震わせている。その後ろ姿が、あまりにも桜庭陽菜にそっくりなのだ。俺は身を固くして、恐る恐る足を前に出す。


 陽菜に似ているからといって、陽菜だとは限らない。体調不良で動けなくなっているのなら、助けを呼ばなければならない。俺は恐怖心を押し殺し、すみませんと声をかけようとした。


 その時、ぱっと少女が振り向いた。


 間違いない。俺はその顔を見て息を呑む。茶色のふわふわした髪に、黒い大きな瞳。間違いなくそれは、かつての恋人だった。


 けれど、あきらかに様子がおかしい。


「陽、菜……?」


 頬が腫れ上がり、目元は泣き腫らしたのか赤くなっている。着衣に乱れはなかったが、誰かに暴力を振るわれたのだとしか思えなかった。


「なんで」


 陽菜がかすれた声でそう呟いた。


「なんで、慧く」

「どうしたんだよ」

 

 俺は陽菜の言葉を遮った。そんなつもりはないのに、強い声が出てしまう。もう陽菜への怒りは消えかけていたはずなのに、どうしてだか、彼女を目の前にすると心拍が上がる。


「どうしたんだよ、その顔」

「こ、これは。違くて……」


 明らかに狼狽する陽菜から一旦目を離し、俺は自動販売機に120円を入れた。水と書かれたボタンを押し、がこんと音を立てて出てきたペットボトルを陽菜に差し出した。


「これで冷やして」


 戸惑い、震えている陽菜は手を出さなかった。俺とペットボトルを交互に見つめ、泣きそうな顔で首を振った。


「だ、だめだよ」

「早く。理由は別に言わなくていい」


 陽菜の手に無理やりペットボトルを握らせると、俺は立ったまま、それを頬に押し当てる陽菜を見つめていた。


 陽菜の家はここから遠いはずなのに、どうしてこんなところにいるのか。なぜ怪我をしているのか。聞きたいことは山ほどあったが、陽菜にそれを尋ねるのは癪だった。


「そこ」


 俺は陽菜の首元を指差した。


「血が出てる」

「……え、なんでだろ」


 俺は迷っていた。手当てをしてやるべきなのかもしれない。しばらくの葛藤ののち、俺はため息をついた。


「絆創膏いるだろ。ついてきて」


 家に入れるつもりはない。ただ、玄関で絆創膏を渡すだけ。それだけのつもりだった。

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月は星よりも輝き、太陽は雲に隠れる。 【70000pv突破‼︎】 七沢ななせ @hinako1223

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