第3話

 体全部が痛い。頬が腫れて熱を持ち、涙で瞼が痛い。今までにないくらい貫かれたせいで、全てが終わった後は身動きすることすらできなかった。


 彼はあたしに何度も愛してるって言った。


 なのに、愛してるって返すことができなかった。愛してるって言おうとするたびに胸の奥が刺されたみたいに痛くて、息が苦しくて。結局何も言えないまま今日がすぎる。


 あたしが一番許せないのは自分だ。あんなことをしたくせに、あたしは。あたしは、あたしを無我夢中で抱く彼の血走った目を、どうしても慧くんに重ねてしまう。慧くんに抱かれているんだと自分に思い込ませて、架空の悦楽に溺れている。


 街灯の灯りが鬱陶しい。あたしはとぼとぼと夜の街を歩いていた。警察に呼び止められるかもしれない。交番に連れて行かれて、学校に連絡されて。高校を退学になるかもしれない。そんな馬鹿らしい想像を膨らませながら、あたしは自動販売機の前にたった。


 人気のない公園の自動販売機。水を買おうと思ってポケットに手を入れ、小銭を取り出そうとする。数枚の小銭を確認すると、10円足りなかった。


 あたしはため息をついて、そばにあった木のベンチに腰を下ろす。膝を抱え、明るい月を見上げた。


 その途端、胸が刺されたように痛んだ。


 美月ちゃん。


 確かあの子はそんな名前だった。慧くんの新しい彼女なのかもしれない。さらさらの黒髪と、切長の目がとってもきれいな女の子。頭も良くて、運動神経も抜群で、あたしなんかよりも何倍もきれいな女の子。


 勝てるわけがない。


 いやだ。いやだいやだ。


 あたしは歯を食いしばり、ぎゅっと目を閉じた。慧くんはもう、あたしのなんでもないのに。彼氏でもないし、もしかしたら友達ですらないのかもしれないのに。


 取られたくない。


「慧くん」


 涙声が漏れた。好き。今までもこれからも、ずっとずっと大好き。あたしのほうが絶対慧くんが好き。愛してる。


 今ここに、慧くんがいてくれればなぁ。


 口元に歪んだ笑みが浮かぶ。


 会いたいよ、慧くん。


 そのときだった。不意に、後ろから声が聞こえた。


「陽、菜……?」

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