お父さんとパパ
帆尊歩
第1話
「やあ、いらっしゃい」
「今回は無理を言って」
「いや、むしろ嬉しかったよ。どうぞ」
「お邪魔します」
「まあそこら辺に座って」
「はい」
「最初にもう一度確認しておきたいんだけれど」
「はい」
「本当に僕と暮らすで、いいのかい」
「ご迷惑ですか?」
「とんでもない。飛び上がるくらい嬉しいよ。ただ心配でもある」
「心配?」
「なにか辛いことがあって、僕のところに逃げてきたのでないかとね」
「それに付いてはよく分からないです。それについてお父さんの意見というか。それを含めて、話がしたいと思いました」
「ママが亡くなったことと関係があるのかな?」
「ないと言えば嘘になると思います。あっ、まずは謝らないと」
「なにを?」
「ママの病気の事とか。お葬式に呼ばなかったこととか」
「まあ、仕方がないかな、離婚して十八年だ」
「すみませんでした」
「いや別に、それに付いては君のパパの事もある。今更僕がしゃしゃり出るわけにはいかないからね」
「すみません」
「一つ確認なんだけれど」
「はい」
「正直なことを言う。僕は君が僕と暮らしたいというのは本当に嬉しい。十八年離れて暮らして、君には何もしてあげられなかった。だから、今からそれがやり直せると思うと、本当に嬉しい。でも同時に不安が広がる。なぜ今なんだとね。思うことは一つだ。
君になにかとても辛いことがあって、今の家族の中で暮らしてゆけないのかなとかね。なら僕の所に来ればいい。でもその辛さが、君の上に振りかかったと思うと、僕まで辛い」
「いえ、そんなことは。パパは私を、本当の子供のように愛してくれました。それについては、お父さんは安心してください。少なくとも、今までの私は幸せでした。あっ、ごめんなさい、一緒にいなかったのに幸せでしたなんて気分悪いですよね」
「いや、そんな事はない。君が幸せだったなら、こんない嬉しいことはない。確かに僕は君と暮らしたかった。でもそれで君が不幸になるなら、僕の気持ちなんか後回しだ。君が幸せだと思う方が、良いに決まっている。たとえ、僕以外の父親の方が君を幸せに出来るなら、僕は喜んで君を託す。今君が幸せだったと言ったことが、僕にとっはは本当に嬉しいことだ」
「新しいパパと暮らすようになって、弟と妹が出来ました。ママがいる時は、全然そんな事を思いもしませんでした。でもママが亡くなって、パパは口数が少なくなりました。」
「何かそこで辛い目に遭ったのかい?」
「いえ、それは私ではなく、パパの方だと思います」
「それは」
「おそらくパパは、悩んだんだと思います」
「悩む?」
「ママの病気が発覚して、長い闘病生活が始まりました。でも皮肉なことに、そのときが 一番私たちは家族として、結束出来た時だと思います」
「それまでは、バラバラだったの?」
「そこまでは言いませんが、ママが中心でまとめていたのかもしれません。弟と妹は、生まれたときから家に私がいたので、頭では父親が違うと言うことがわかっていても、私は姉でした。でもパパは、悩むようになって」
「悩む?」
「はい、ママが亡くなって、私の事を本当に愛せるか不安だったんだとお思います。ママがいる時は、パパもそんな事を思いもしなかった。でもママがいなくなって、自分は本当に私のことが愛せるのかと思ったんだと思います」
「何か思い当たることがあるの?」
「パパがそれまでになく、優しくなりました。何をしても怒らない。そして、ありがとう、と言う言葉をよく言うようになりました。本当に取るに足らないことなんです。テレビのリモコンを取ってあげたり、食卓にお茶碗を並べたり、妹や弟には言わない言葉。
ありがとう」
「他人行儀と言うことかい」
「そうだと思います。家族じゃ無いみたいな」
「ママがいたときは?」
「全く気付きませんでした。でも今にして思えば、こんなことがありました。
妹が遊びに出かけて帰って来なかったことがありました。夜遅くなって帰ってきた妹を、平手打ちして。
どんなに心配したと思っているんだ。と、泣きながら叫んだことがありました。
その数年後に、私が同じことをしたとき、パパは確かに声を荒げましたが。こう言ったんです。ママに心配掛けるんじゃ無いって。パパは心配してくれなかったの、と言いそうになりました」
「パパが君に気を遣って、手が出せなかったとは考えられないか」
「そうかもしれません。でも気を遣うという冷静さが残っているということが、妹や弟たちと愛の深さが違う、ということじゃないですか。そんな事、おそらくパパ自体も気付いていなかった。それが、ママがいなくなったことにより気付いてしまった。やはりパパは辛かったんだと思います。自分は十分義理の娘である私のことを、愛していると思っていた。でもそれがどうやら違う、分け隔てなく愛したいのに出来ない。パパは優しいから。それに我慢が出来なかったんだと思います。だから私がお父さんのところに行くと言っても、何も言わなかった。いえ、きっと言えなかったんだと思います」
「パパのことを愛しているよと、言ってあげたらどうだったんだろうね」
「それは余計にパパを苦しめるだけだったと思います」
「そうか、愛していると言われれば言われるたび、自分がそれに応えられないという苦しみに陥るということ?」
「パパは私がお父さんのところにいく、と言ったとき、ショックだったと思います。でもきっと肩の荷も降りている筈です」
「そうだろうか」
「肩に荷は降りていないと言うことですか?」
「君のパパがもし、君が言うように思っていたと仮定したら。
僕に言わせれば、君のパパは余計なことを考え過ぎだ」
「どういうことですか」
「君と、君の妹や弟と愛の深さが違うのは仕方がないことだ。だってそうだろう、実の親子ではないんだ、むしろ同じ深さならその方が問題だ。実の親子という関係が崩壊する」
「パパのことを悪く言わないでください」
「すまない」
「何かおかしいですか」
「いや。十分君だってパパのことを愛しているんだなって思って」
「それは・・・、少しは・・・・。だって十八年育ててくれたんですから」
「僕が思うところ、きみのパパは十分に君のことを愛してたと思うな」
「どうしてそう思うんですか」
「君だよ、君は僕の言葉に怒ったじゃないか。パパを悪く言わないでって。それは君がパパのことを愛しているってことだ。そしてそれは、君がパパから愛されなければ、君だってパパのことを愛せない」
「私はパパを愛しているんですか」
「少なくとも僕はそう思う。愛するというのは愛せるかではなく、どれだけ愛するかだ。そしてそれは時間と状況でかわる。君はパパから愛されていたんだ。少なくとも今の僕よりも」
「お父さんに、愛されるためには私はどうしたら良いんですか」
「別に、君を愛していないと言ったつもりはない。今言ったように、愛には深さがある、それはいつだって、増えたり、減ったりしているんだ。それに君は何か勘違いをしている。親というのは無償の愛を子供に注ぐんだ。その時、子供はどうしたら愛されるかなんて考えなくていい、それだけ僕は君のことが可愛いんだ。たとえ十八年間会わなかったとしても、君のことが僕は可愛いんだ。そして本当に君の幸せしか考えていない。だから」
「だから」
「君のパパは、君のことを本当に愛している。それは君がどれほどパパを愛しているか、それを見るだけで分かる」
「パパは、私がお父さんのところに来て、悲しいかもしれない。と言うことですか?」
「そうかもしれない」
「私がここに来たことで、パパを悲しませているということですか」
「そうかもしれない」
「私は、パパのところに帰った方が良いということですか」
「パパを悲しませないためなら。そして、君が本当に愛しているパパの元なら。もっと君は幸せになれる、そんな気がする」
「お父さんはそれでいいんですか?」
「何度でも言う。僕のことはどうでもいいんだ。いやパパの事もどうでもいいんだ。君が、君が幸せになれるなら。僕はどうでもいいんだ」
「私、パパのところに帰ります。今日は本当にありがとうございました。でもお父さんと話せて本当に良かった。こんなに素敵なお父さん、そしてこんなにも私の事を愛してくれるパパ。
二人の父親をもって私は本当に幸せです」
「君は本当に素敵な娘になったな。パパとママに感謝しないと」
「はい。じゃあお父さん、帰ります」
「ああ、」
「さようなら」
「うん、さようなら」
「全く自分のバカさ加減が嫌になる。せっかく、十八年ぶりに娘と暮らせるはずだったのに。
二十二歳の女の子が欲しそうな靴やバック、服、考えられる全ての物を買いそろえたのに。何年一緒に暮らせるか分らないのに。そのうち男を連れてきて、娘さんを僕にくださいなんて言われて、バージンロードを歩いて。短い間でしたが、ありがとうございました、なんてスピーチをされて、人目も憚らず泣いたりして。
そんなものの全てを、パパにくれてやってしまった。
なんて僕はバカなんだろう。
でもあの子がその方が幸せになるなら・・・・・。
お父さんとパパ 帆尊歩 @hosonayumu
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