第2話 『俺の天使』⁉
「おい」
翌日の帰り際。聞き覚えのある低い声にビクッとして立ち止まると、目の前にはやっぱり亜久里先輩が立っていた。
「ちょっとツラ貸せ」
亜久里先輩が、くいっとあごを校舎裏へと向ける。
拒否したときの報復と、ついていくことへの危険度を天秤にかけ、ここは学校だし、万が一のときは大声を出せば……という結論に達したわたしは、こくりと小さくうなずいた。
校舎裏に着くと、わたしと向かいあうようにして立った亜久里先輩が、さっそく切り出した。
「単刀直入に言うとだな、もっとうまくなりたいんだ」
「……へ?」
予想外の言葉に、思わず口からヘンな声が漏れる。
「あぁ⁉」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ギロッと睨まれ、自分史上最速で謝罪の言葉を述べ続ける。
「……悪い。別に怖がらせるつもりなんかねえっつーか。その……俺ら音楽なんて今までやったことなかったからさ。どうやったらいいか、全っ然わかんねえんだよ。だけど、ちょっと事情があって、どうしてももっとうまくなりたいんだ」
亜久里先輩が、ひとつひとつ言葉を選びながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
たしかに。悪魔の小学校でみんなで合唱したり、楽器の演奏をしているところなんて、全然想像できない。
っていうか、想像なんかしたら、申し訳ないけど笑える。
「じ、事情って、なんですか?」
「あー……その前にちょっと聞くけどよ。昨日
一瞬迷ってから、こくりと小さくうなずく。
ここまでわかっちゃってるなら、今さらウソをついたって仕方ないよね。
「そっか」
ホッとしたように短くそう言うと、もう一度亜久里先輩が口を開く。
「だったら、笑わないで聞いてほしい。実は俺、天使になりたいんだ」
……えっと。今、なんと?
「でだ。天使になるためには、人間の幸福な気持ちを集めなくちゃなんねえ。これいっぱいに」
そう言いながら、胸ポケットから透明なガラスの小瓶を取り出した。
「どうやって集めたらいいのか、いろんな方法を考えたんだが、俺にはこれしか思いつかなかった。音楽の力で、人間を幸せな気持ちにさせたいんだ」
「えーっと……がんばってくださいっ」
ぺこりと頭をさげると、くるりときびすを返す。
ダメだ。これ以上まともに聞いていたら、頭がおかしくなりそう。
天使になりたい?
そのために人間の幸福な気持ちを集めなくちゃいけない?
音楽の力で幸せな気持ちにさせたい?
あ~ムリムリムリムリ。
「——おい。俺の一世一代のカミングアウトを聞いて、なんとも思わねえのかよ」
地を這うような低い声に、ビクッとして足を止める。
も~、そうやって脅すのズルいって。
「たのむ。俺たちに、音楽を教えてくれ。こんなこと頼めるのは、おまえしかいないんだよ」
「でもわたし、そんなに音楽に詳しいわけじゃないですし……」
「この前の演奏がダメだってのはわかったんだろ?」
「それは……」
わたしがたまたま魅了にかからない体質だったってだけで、あれだけヒドかったら、普通誰でもわかりますよ……なんて言えない!
「引き受けてくれなかったら、おまえのヒミツをバラす」
「ちょっと待って、それは卑怯……」
そういえば、相手は悪魔だ。公平性なんて、求める方がどうかしてる。
「で、でもそんなことをしたら、自分の正体だってバラすことに……」
「誰が人間にバラすって言った? うちの寮のやつらに、だよ」
「それは……っ」
クラスでひとりぼっちになるように仕向けられた過去を思い出して、思わず唇を噛みしめる。
いや、そんなの生ぬるい。ぬるすぎる。だって、相手は悪魔だよ?
最悪の場合、「俺たちの秘密を知ってるやつを生かしておくわけにはいかない」とかなんとか言ってこの世から……。
慌ててぶんぶんと首を左右に振ると、怖い考えを頭の中から追いだした。
こんなのヒドすぎる!
そのとき、校舎裏にスマホの着信音が鳴り響いた。
「ああ……悪い」
大きなため息をひとつつくと、亜久里先輩がブレザーのポケットからスマホを取り出し応答する。
「ああ……うん、わかってるよ…………だからっ……うん……」
亜久里先輩がなんて受け答えしていたかなんて、右から左に抜けていった。
けど、さっきの着信音だけは耳から離れない。
だってあれって……わたしが聞き間違えるはずない。
「亜久里先輩。さっきの曲って……」
通話を終えた亜久里先輩に、わたしはおそるおそる尋ねた。
「さっきの曲? ああ、着信音のやつな。瑠璃って歌手のやつなんだけど……まあ、なんつーか……俺の天使?」
亜久里先輩が、恥ずかしそうに頬をほんのり染める。
「はあ⁉」
「ああっ⁉ なんか文句あんのかよ」
「いえ、まったく」
先輩に睨まれ、ふいっと視線をそらす。
だって、あれって、わたしのデビュー曲……だよ?
あんなの着信音にしてる人、はじめて見た。
しかも、「俺の天使(ぽっ)」って。
「……こいつが、どん底にいた俺を救ってくれたんだよ。こいつと出会ってなければ、音楽をやろうなんて、多分思わなかった。ま、こいつは俺のことなんか知らねーだろうけど」
すみません。今知ってしまいました。
「そ、その歌のどこがよかったんです? その人って、たしかCD二枚出しただけで、芸能界から消えた人ですよね?」
「俺の前でこいつの悪口言うとはいい度胸だな」
そんなふうに凄まれても。それ、わたしの曲なんですけど。
でも、今までの様子からすると、ひょっとしなくても、瑠璃=わたしだとは気づいていない……?
「そんで? どうなんだよ。手伝ってくれるのか、ヒミツをバラされたいのか」
こんなの、わたしに選択権なんか存在しないじゃん!
でも、この人のことを知れば知るほど、なんだか悪い人には思えなくなってくる。
むしろ、純粋でカワイイ人……だなんて思いはじめてる。
正真正銘の悪魔なんだけどね。
考え方がぶっ飛んでて、頭おかしいんじゃないかって思うところもあるけど、まあ人間とは違う生き物なわけだし。そこは仕方ないのかな? って。
「……わかりました。でもわたし、バンドのことなんてよく知りませんよ? それでもいいんですね?」
「ああ」
「あと、ひとつだけ約束してもらえますか?」
「なんだ?」
「わたしがなにを言っても怒らないって、約束してください。わたしだって……悪魔は怖いので」
「そう……だよな」
寂しそうに小さく笑うと、
「わかったよ。あいつらにもちゃんと言い聞かせておく」
そう約束してくれた。
悪い人じゃない……とは思う。
だけどやっぱり見た目は怖いし、すぐ怒るし。それに亜久里先輩以外の仲間だっている。
みんながみんな亜久里先輩みたいな悪魔とは限らないじゃない?
こんなこと引き受けちゃって、本当に大丈夫かなぁ……。
生きて卒業できるのかすら危うくなってきた気がするんですけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます