エピローグ

"彼"を見送った後、わたしはまだ"彼"の余韻を感じていた。

光のかたまりが、

「どうしました?」

と、何事もなかったように聞いてくる。

「…あれが、人の温もりってやつなのね。あの光たちのようだったわ」

そう、"彼"と握った手を見る。

「私の他に、誰かがいてくれれば、ずっと、あれを感じていられるのにね」

少し皮肉を込めて、名無しの光に言う。

しかし、特に反応はなかった。

「…今回も、あなたに関することは何もなかったわね」

私は少しため息をつきながら言った。

「まあ仕方ないです」

しかし彼はあまり気に留めていない様子だった。

「ちゃんと、浄化できていなかった彼らを、今回ちゃんと浄化できたんですから、よかったでしょう」

なんて、そんなことも言った。

私は少々呆れたが、まあ確かに彼の言う通りなので、何も言えなかった。

「"生きること"、か。私もいつか、地上で生きてみたいわ」

正直、"彼"を羨ましく思った。

「…いつか、叶うといいですね、その夢」

珍しく、光の塊がそんなことを言うので、少し驚きつつ、

「あなたも、早く分かるといいわね、自分のこと」

と返した。

「僕は別に…」と聞こえたような気がしたが、私は気付かないフリをした。

「父様と、母様が、いつか私を迎えに来るまでに、わたしの役割を継いでくれる誰かを探さなきゃね」

それを言うと、彼はじっと黙り込んでしまった。

「…あーあ、なんなら、あなたが代わってくれればいいのに」

聞こえるようにわざと大きく言ってみた。

「まあ冗談よ」

少し皮肉を込めて言った。

彼はそれには何も返さず、一言、

「…それでは、僕はまた巡回してきます」

とだけ言って、ふわふわとどこかへ行ってしまった。


一人神殿に残された私は、静かに息をついた。

「…てんし、か」

"彼"が入っていった水の落ちる先を見つめた。

「ここから落ちれば、私も"人"になれるのかしら」

少しだけ、変な気を起こしそうになる。

でも、すぐに、

「…だめね。さっき彼を見送ったばかりじゃない。彼はここを知って、生きるって決心したんでしょう?…ふふ、ばかね、私ってば。私が居なきゃ、この世界はすぐに崩れてしまって、肝心の地上も、いずれ無くなってしまうと言うのに」

と自嘲気味に一人呟いた。

ふと、風の吹く空を眺めると、一枚の花びらが、空高く飛んでいった。

それに手を伸ばせども、もう届くことはない。

「…私に出来ることはただ、あなた達を見送り、迎え、徒らに、"世界の歌"を歌うだけね」

そう言って、私はその歌を口ずさんだ。


草木は揺れ、花は舞い、風が笑った。

みな誰もが、本当は知っている、

はじまりのうた。

地上で生きた彼らは、

この歌を聴いて、思い出す。

世界とわたしは、元は一つだったことを。

そして、この世界に還るのだ。

自らの記憶を残して。


「…待ってるわよ、いつまでも」

生まれて初めて、

地上で生きる者に想いを馳せた。

握りしめた手の中には、"彼"の温もりが残っていた。

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てんしの子守唄 旅人 @ichinichibouzu

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