2.信じて、いた


 キーファと共に顔を見合わせる前に、打ち合わせが終わったのか魔法師団の仲間の一人、魔法剣の使い手のディックに声をかけられる。


「どうした、リディア?」


 枯草色の髪、いつもは額に巻いている布は外してカーキ色のフードを被っている。そこから覗く目つきは悪く、悪玉達も雰囲気だけで震い上がらせるもの。


 けれど、師団で幼いころから二人共に育った頃から、彼はリディアを猫かわいがりし、ついでに鬼のように鍛えてくれた。


 その訓練は思い出したくもないが、とにかく彼はリディアの自称兄だし、絶対に信頼しているし、魔法師団では、一、二を争う実力者でどんなことがあっても守ってくると信じている。


「ボスに用か?」


 ――返答するまでのわずかに空いたに察したディックに、リディアは頷いた。団長であり、人外の戦闘能力と俺様気質であるディアン・マクウェルの別名は『人間最終兵器』。


 最強最悪の人類最後の希望というより滅ぼす悪魔。


 そんなボスが陣頭指揮を執る任務ならば、間違いはないはずだけど、嫌な予感がする。そしてリディアのその感覚は、結構当たる。


 リディアは治癒魔法師だが、感応系魔法師に分類される。それは他者と魔力を同調、感覚を繋ぎ合わせ治療を行うものだが、他者の色々な思いだけでなく、周囲の環境の予兆まで読み取り年々ますます感覚が鋭くなっていた。


 このエリート部隊第一師団では戦闘能力が高いことが評価される。反して治癒魔法師は、冷遇されることが多い。


 世界唯一の蘇生魔法を行うリディだが、どうしても戦闘能力が彼らには敵わない。そのことにひけめを感じていたリディアは、ここ最近は索敵サーチという能力も磨いてきた。


 そのため、様々な能力に鋭敏になったリディアは“何かある””何かおこる“”嫌な感じがする“という説明できない未然の事象もいっそう感じやすくなった。


 それを、ディアンを含め仲間たちは馬鹿にせず、ちゃんと聞いてくれる。


 そのディアンは、今回の護衛対象であるダーリング教授と打ち合わせをしている。


 意味が分かりかねる警告めいたものはリディアには、説明ができなかった。だからと言ってないがしろにはできない。


 自分にはわからなくても、彼ならばその情報によって緊急時に対応できることもあるだろう。


 その視線に気がついたのだろう、ディアンが歩んでくる。背後でその輪にいた及び腰だった案内人がこちらから見てもホッとしたように大きく息をつき、深呼吸を繰り返している。 


 代わりにディックがそちらに行って肩を気易くたたく。ディックはとても交渉上手であっという間に人に溶け込みその場の情報を得てくる。 


「何だ」 


 団長のディアンが一言尋ねてくる。低くても響きと通りがいい声。威圧感もあるけれど彼は声でも人を魅了する。


 魔力も桁違い、強さは人外。魔法師だけではなく、魔力が感知できない一般人でも、逃げたくなるようで後ずさるが、同時に思わず見てしまうような存在感。


 そして顔と体格がいいので、自信満々のお姉さまは、負けずとやってきて、常にお誘いが満員御礼だ。


「うん、ちょっと」


 どう説明すればいいのかわからない感覚をリディアはまだ迷いながら口を開く。


 平団員のリディアにとって、団長の彼は本来タメ口も聞けないほど雲の上の存在だが、付き合いは長い。そして色々あった。


 彼のビシビシの魔力も眼力も不機嫌だか威圧なんだかわからない存在感も平気だ。


「今、魔神に気を付けるように警告された」


 途端に、わずかに眉を寄せ思案するディアンをリディアは見た。それとも、差し込むオレンジの夕日の眩しさに目を細めたのか。手で陽光を防ぐ下には黒い目、黒い髪があり、日差しを受けたそれは赤みを増す。


 その左手の薬指は、リディアと同じ銀色の環。


 ――この任務直前に、リディアは彼に求婚された。幼少時に魔法師団に入り、彼とはずっと反発し合いながらも好き合っていた。


 リディアは自分の方が先に好きなったと思っていたけど、彼は『俺の方が先に好きになった』とあっさりという。その潔さに驚いたけど、『何が悪いんだ』と平然と言われると、なんだか狼狽える自分がおかしい気もする。


 そして、もう一つ驚いたこと。


 それは彼が指輪つけているということ。魔法師団では、既婚者でも指輪をしている者は少ない。任務に邪魔なのか、団の風習かはわからない。他のメンバーも彼が堂々とはめるとは思っていなかったらしい。


 それを言うと、『俺がやったのに、なんで俺がしないと思うんだ』と言って、皆を絶句させた。


 結婚話も職場に持ち込まないかと思ってたのに、『今日帰り遅くなる』とか『ゴミ出し忘れた』とか平然と言う。

 

 ゴミ出し忘れられるのは困りますけどね! 


 しかも、先週婚姻届けを出したから、全然実感ないけどね!


 時々、艶めいた甘いような雰囲気になることもあるけど、突然その気になるから困ります!


 全然予想もしていなかったけど、彼は掃除も洗濯もやってくれるし、片付けはリディアよりも上手で結構へこむ。

 部下にやらせてるんだと思っていた……。

 安全上とプライベート空間に人を入れたくないのだから、しょうがないか。


(独身時代のあのモデルルーム並みの綺麗な部屋は、帰ってないんじゃなくて片付けていたのか……)


 結婚指輪を見てもろもろ変なことを考えたリディアを見て、その視線の先に目をやり、ディアンは軽く笑った。なんだか、見透かされたみたいだ。


 けれどすぐにその表情を消して、真顔になる。


 詳細を視線で問いかける彼に、リディアは老婆の言葉と自分の感覚をそのまま伝える。


 その間、彼はリディアからずっと視線を外さない。目も、唇も、顔もずっと見つめられている。


 そしてリディアも、その整った顔、そして黒く光る瞳を見つめる。


 ――ずっと好きだった。彼も好きだったと言ってくれる。


 手を離さないと言ってくれた。ずっと守ると。


 だから、リディアもその手を離さない。これから先何があっても、離れない、そう信じていた。


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