2★フツウじゃないセカイ
世の中には校則ってものがある。簡単に言えば、学校での決まりだ。
たとえば、万引きをしてはいけませんとか、勉強に必要のないものは持ってきてはいけませんとか。
その中でも特に代表的なのが、『髪を染めてはいけません』。
いやいやいやいや。
ぼくは横目で、後ろに立っている男の子―ツバキくんの外見を確認。
ぎょっと顔を引きつらせた。
白いシャツの上に紺色のブレザーを着て、足にはローファーを履いてる。
ここだけ切り取れば、どこにでもいる学生さんだ。
ただし、問題なのはその髪の色。つむじから毛先まで、真っ赤っか。
嘘だろ。染めてるのか? その歳で?
きみ、ぼくとそんなに体格変わんないけど……。もう反抗期なの? 早くない?
「うるさいってなんだよ」
グループの中で一番背の高い男の子が、棘のある口調で言った。
「俺は真面目に聞いてんだよ。ちゃんと答えろよ」と、ツバキくんの肩を手でトンッと突く。
その衝撃で、ツバキくんの体勢はグラリと右に傾いた。
「……押すなよ。危ないだろ」
鈴が鳴る音みたいな、凛とした涼やかな声だった。
活舌が良いから、内容がしっかり伝わる。声のボリュームはそんなに大きくなかったけれど、それでもちゃんと聞きとれる。
正直に言おう。ツバキくん、めちゃくちゃイケボです。
声優さんとか、アナウンサーとか、似合いそうだなあ。
「班? まだ決めてないよ。だってこの前課題出されたばっかじゃん」
ツバキくんはさっきよりも強い口調で反論したけれど……。
「あ、そっか。おまえぼっちだから、人誘えないのか。それで言い訳してんの、すげーダサいよ」と返されて、くちびるを閉じちゃった。
「なーテッちゃん。こいつ期限までにメンバー集められるかな?」
「無理なんじゃね。クラスの隅っこにいるし、声小さいし。そもそも誰かと一緒にいるの見たことない」
「友だちなの? って昨日委員長に聞かれたときは焦ったな。『違うよ。遊んであげてんの』って言ったら変な顔されたわ」
「……」
ツバキくんは下から相手をにらむ。その視線は氷のように冷たい。
わー! ここ電車だから。ケンカはダメだよ!
……今日はおかしなことが次々に起こる日だな。疲れているのかも。
連休中遊びまくったから、久しぶりの学校で体力を使って、一週間の疲労が来てるんだ。
そのうえ、眠い目をこすって登校したぼくたち五年生を待っていたのは、地獄のスケジュール。四時間目の国語からの五時間目の体育。
アンド雨。これが噂に聞く、魔の金曜日。
なんて馬鹿なことを考えていると、ふいに視界が暗くなった。
電車がトンネルを通過したみたい。
「え?トンネル……? なんで?」
さっきも説明したけど、ここは海街。
線路は海沿いに敷いてあり、窓からは海が確認できる。
電車が海のそばを通っている以上、トンネルを抜けることはないんだ。だって、トンネルは、山の中を通るために空けられた穴だからね。
「なんで、なんでなんで? ……え?」
ぼくは震える手をもう片方の手でさすりながら、車窓にチラリと視線を移し。
――息を呑んだ。
雨がやんで、はっきりわかるようになった景色。
だけどそれは、ぼくの知っている、生まれ育った街の風景じゃない。
空に浮かんでいる飛行船。市街の中心部には、どっかの絵本の舞台であるようなりっぱなお城があって。かと思えばふつうのアパートらしき建物も並んでいて。
そして、なにより海がない!
「ゆ、夢……?」
ああもう、わけがわかんないよ。
《お次は、宵濱……宵濱です》
アナウンスもおかしいし。どこだよ、宵濱って。
運転手さんが行き先をまちがえている可能性もあるのかな。
そんなこと絶対にないとは思うんだけど、現状をふまえるとその説もあながち的外れではない気がする。
車掌さんに、直接聞きに行こう。疑問をそのままにしていたら苦しいしね。
ぼくはガタンガタンと揺れる電車の通路を、転ばないように注意しながら進む。
行き先は、一番前の車両だ。
運転席の横には車掌さんの席がある。声をかければ、きっと応えてくれるはず。
「ねえあんた、どこ行くの?」
ふと、後ろから誰かが話しかけてきた。
ぼくは足を一歩前に踏み出した状態のまま、目線だけを後ろに向ける。
声の主は、赤髪不良(仮)でおなじみ、ツバキくんだ。
彼の右手は、ぼくの右手首をがっしりとつかんでいる。
「駅に着くまで立っちゃダメだ。学校で習っただろ」
「は?」
いや、わかるよ? 電車が走っているとき、下手に動くと怪我するかもしれない。だから目的地に着くまでは席で大人しくしましょうって話だよね。
でもその言い方だとアレじゃん。
つり革を持っている人や手すりにつかまっている人が悪いみたいじゃん。
「ううん。ぼく、車掌さんに聞きたいことがあったから、それで。あと、座席は他の人がいるから座れない」
「なに言ってんの? あるじゃん、空いてる座席」
ツバキくんが右手の親指で指し示したのは、ベンチ型の空っぽの座席シート。
さっきまでぼくが立っていた場所の、横にあったものだ。
あ、あれれ?
たしか、あそこには数人ほどのお客さんがいて、ギュウギュウで。
だからぼく、座れなくて、手すりに……。
ピロリロロ ピロリロロ
《宵濱です。足元に気をつけてお降りください。全てのドアが開きます。MCカード乗車券は、改札口に必ずタッチしてお降りください》
電車は速度を落とし、「宵濱駅」の一番ホームに停まった。
プシューッという音を立てて、自動ドアが左右に開かれる。
それを機に、座席でスマホをいじっていたおじさんや、車両の隅っこで笑いあっていたお姉さんたちが次々に電車のステップに足をかけた。
「お、着いたな」「行こう」
謎の男子グループたちも、この駅で降りるみたいだ。
ぼくは電車の車内と、運転手さんと、入口と、外の風景に順番に目を送る。
ど、どうしよう。このまま乗り過ごすべきか、あの人たちの後についていって、情報を聞くべきか。どうしよう!
………ええい、モヤモヤするのは嫌だし、もう思い切ろう!
『ここはどこですか?』って聞くだけだもん、楽勝だよ。
まずは答えを聞いて、状況の把握をしよう。
顔を上げて、大股でつかつかと前方車両へと歩く。
運転席横の扉からホームに降りようと……。
「失礼。お客さん、МCカードをお持ちですか?」
そんなぼくを引き留めたのは、運転室から出た運転士さんだった。
彼は制服の胸ポケットをまさぐると、一枚のカードを取り出す。お兄ちゃんが通学で使っているICカードと似てるけど、色が違う。このカードは、青みがかった紫色だ。
「え、МCカード?」
「この電車はМCカード制度を導入しておりまして。はい、マジック・チップ・カードのことです。お持ちの場合はこちらのスキャナーにかざしてください」
マジック・チップ・カードってなに?
「も、持ってませんけど……」
震える声で返した瞬間。
全ての車内の照明が、一瞬でオフに切り替わった!
運転手さんは、骨ばった頬を両手でもみほぐすと、ぞっとするような低い低い声でささやく。
「つまるところ、不法侵入ということでしょうか?」
彼の両手の爪が三十センチほど伸びた。
針のような鋭利な切っ先。キラリと光る瞳孔。
まるでモンスターのようだ。
運転手さんは、その爪をぼくの頭めがけて振り下ろす。
死ぬ、とぼくが両目をギュッとつぶった、そのとき。
「
―――バアンという爆発音が、電車内に響きわたった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます