ふたりぼっち★クエスト

雨添れい

1★この先「宵濱」行き

 灰色の雨雲が、空を覆っていた。

 湿気でクルクルになった髪をいじりながら、ぼくは「はあ」と肩を落とす。


 場所は電車の中。下校ラッシュなのもあって、座席はすでに中高生のお兄ちゃんお姉ちゃんに占領されている。つり革を持とうにも、背が届かないのでダメ。なので仕方なく、出入口近くの手すりにもたれているんだけど。

 

 さいあく。

 

 折り畳み傘をさしていたのに、服はびっしょり濡れてる。

 先月、誕生日プレゼントとして買ってもらった、お気に入りのパーカーなのに。

 背中に背負ったランドセルからも、ポタポタ水滴が流れてるし。

 しかもそれが服の中にまで入りこんできて、かなり気持ち悪い。


「うわー、やば。めっちゃ濡れたんだけど」

「せっかくメイクしてきたのにね」

「それな」


 右横に立っている派手な見た目のお姉さんたちが、口を尖らせた。

 ぼくのようにズッドーンと落ちこんではいない。「やべ、宿題家に忘れてきちゃったわ」的な軽いノリで、スマホをスクロールしている。

  

 すっごいなあ。


 楠城碧くすのきあおい。これがぼくの名前。市内にある入鹿いるか小学校に通う五年生。


 ぼくの住んでいる地区は学校から三駅先にある。人数が少なく、近くに小学校はない。入鹿小学校は、そういう子どもたちの受け皿をになってるんだ。

 この地区の子は通学時間が徒歩で一時間以上かかる。よって、電車通学がオッケーされているのです。

 


 だけど電車っていうのは、天気によって運行時間が変わるもので。

 今の便は予定より五分遅れて走ってる。四時半から塾だけど、現在の時刻は既に四時。


 こりゃ今日はお休みかなあ。サボれるのはラッキーだけど、ちょっと罪悪感。


「お、碧~! こっちの車両おったんー?」


 隣の車両から、ひとりの男の子が駆け寄ってくる。水色の生地に白い水玉もようのレインコートに、黒いランドセル。

 近所に住むクラスメートの、糸間悠いとまゆうくんだ。ぼくは悠ちゃんって呼んでる。


「悠ちゃん」

 ぼくが呼びかけると、悠ちゃんはパアッと表情に花を咲かせた。


「雨すごいね。てかおまえ、めっちゃ濡れとるけど、傘持ってなかったん?」

「傘さしたけど濡れちゃってさ。さすの下手かもしれない」


 たしか、お母さんにも前にそんなことを言われた気がする。雨をさえぎるものを持っているのに、なんでビショビショなのって。

 

「ダメじゃん。意味ねえじゃん」


 こうやって笑ってくれる友だちがいるっていいな。

 悠ちゃんがいなかったら、せっかくの金曜日を暗い気持ちのまま終えることになっていたからね。


 クスクス笑ったのち、悠ちゃんは窓の外を眺めた。

「本当に景色見えないねー。オレ、電車乗りながら外ぼーっと見るの好きなんだ。今日は無理だな、真っ暗だ」


 その言葉につられて、ぼくも視線を車窓に向ける。

 自分も、景色を眺めるのは好き。灰色のビルが立ち並ぶ街。その奥にそびえる山々。空を悠々と飛んでいるカラスに、海街ならではの透き通った海面。

 でも今日は、一面灰色だ。水位が上がっている影響で、海の色もにごっている。


「そうだね。なんか、違う世界みたい」

 とぼくが言うと、悠ちゃんは「なにそれ」とまた笑った。


「碧って、おもしろいこと言うなー。天気が変わっただけだよ」

 

 まっすぐな意見を述べたのに、友だちは発言をやんわりと否定。

 だいたい、こうやってジョークやネタだと思われて、からかわれてしまう。


 ぼくは真面目に言ってるのに。

 いつもの華やかな街が静寂に包まれるだけで、雰囲気変わるなあって感じただけなのに。

 

 なんか納得いかないな、と首をひねっていると、次の駅への停車をお知らせする車内アナウンスが流れた。


《お次は、草薙……草薙……》


「お、んじゃオレ降りるわ。お先」

「また叔父さんの家?」

「うん。直でそろばん行くから」


 草薙地区にはそろばん教室があって、小中学生を中心に教えている。

 入鹿小学校のほとんどの児童は、ここの教室の生徒なんだ。

 そしてこのそろばん教室の先生が、悠ちゃんの叔父さん。

 だから悠ちゃんは、学校から帰るとそのまま電車で教室へ向かうことが多々あるの。


「また明日」

「おー。あ、あとでゲームやろうぜ。八時にルーム立てとくから入れよ!」

「わかった、了解」


 悠ちゃんは、ランドセルのフックにつけている定期から切符を取り出すと、ウィーンと開いた自動ドアから草薙駅のホームに降り立つ。

 手を振って彼を見送っていたぼくは、後姿が見えなくなると、ゆっくり右腕を降ろす。


 寂しいなあ。


 人見知りで、自己主張したり、人が喋っているところに割りこむことが苦手なぼくは、なかなか友だちが作れなくてね。

 じゃあ話しかければいいじゃないって話になるんだけど、勇気が出なくて、結局おんなじ子とばっかり話しちゃって。


 その子にはもちろん、ぼく以外にも仲のいい子がいる。廊下で会ったら難なく挨拶を交わせて、休み時間は一緒に遊べて、クラスが別々になっても関係がとぎれない子が、ちゃんと。


 羨ましいな。ぼくには、そういう子が一人もいないからさ。


(考えたら悲しくなってきた。あと三駅あるし、本でも読んで時間つぶそ)


 ぼくは頭を振って邪念をはらうと、手提げかばんの中から文庫本を取り出し、ページをめくる。

 学校の図書館で借りた、冒険ファンタジー。本を読むのは慣れていなくて、放置してたら貸出締め切りまで残り三日。


 電車は乗り合わせの電車待ちで停まっているし、今のうちに読み進めよう。

 えーっと、どこまで読んだっけな……。

 

 と。

「あの、今乗っても大丈夫っすか!」

 ハキハキとした、聞きとりやすい声が、車両手前から響いた。


 ぼくは反射的に顔を上げる。

 前の入り口付近に男の子が五人ほど立ってる。服装は白いシャツに黒いズボン。

 みんな、身長はぼくとそう変わらない。制服のある学校の生徒さん、とかかな。

 

 学校を出る時刻が遅かったようで、慌てて走ってきたとのこと。この電車はどこに行くのか、今乗っても大丈夫なのかを、しきりに車掌さんに確認してる。


「えーはい。仰る通り、このあとは宵濱に行きますよ」

「おっしゃ、間に合った」「乗ろうぜ」

 

 ……宵濱よいはま

 あれ? この次の駅は、結菜ゆいな駅じゃ?

 草薙→結菜→で、ぼくが降りる八津見やつみ。宵濱なんて駅は、このG県にはない。

 

 わずかな疑問を抱いたけれど、ぼくはすぐに本に視線を戻した。

 多分車掌さんが言いまちえたのだろう。あのおじいちゃん、少しなまってるから。

 しかし、男の子たちがすれ違いざま発したセリフで、ぼくはまた振り返る。


「あー、授業つらかった。なんだよ、『空中飛行における着地点の原理』って。わけわかんないよ」

「そういえばテッちゃんたち、『迷宮体育』の班決め終わった?」

「手っ取り早く、委員長と組んだ。あの人、攻撃魔法上手いから」 

「ずる! 俺んとこ、防御全振りだよ! 倒さなきゃ意味ねえのに」


 は?

 え、待って待って待って。なんだ今の。

 知らない単語が耳に飛びこんできて、ぼくは思わず本を床に落としそうになる。


 クウチュウヒコウ? メイキュウタイイク? コウゲキ?

 げ、ゲームの話だよね? ぼくのお兄ちゃんだって、「ガチャ百連」とか、「ビジュアルが」とか、呟くことがあるし。


 気にしない気にしない。よそ様の話題に首を突っこむのは失礼だよ。

 さて、気を取り直して本の続きを……。


「そういやツバキ―。おまえ班決まった?」

 男子グループの背の高い子が声をかける。


「うるさい」

 ツバキと呼ばれた男の子の髪色は、炎のような赤色をしていた。

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