ちっぽけな僕たちの
ユーリイ
ちっぽけな僕たちの
「昨日人を殺したんだ」
から始まる歌がある。そんなものが流行るこの現代において、人の命なんてものはちっぽけなものになったのかもしれない。かくいう僕も、命なんてものを重んじ、期待を抱く年頃は過ぎた。
昨日あいつが死んだらしい。幼なじみで昔はよく遊んだけれど、大学生になった今は住む世界が違うあいつ。
首吊ったんだって。あんなに幸せそうだったのに。少なくとも僕なんかよりかは生きる価値のある人間だったのに。
涙は出なかった。中学以来交流はなかったし。親が仲良いだけだし。
苦しかったかな、なんてことは思った。多くの人に笑顔を与えたあいつには、できれば楽に死んでほしかった。
僕がそんなことを思っているなんて、あいつが知ったらなんて言うだろう。お前に何がわかるんだ、なんて罵倒されるだろうか。それとも、変わってないな、なんて笑ってくれるだろうか。
不意にポケットに入れていたスマホが揺れた。取り出して画面を確認すると、母親からの着信だった。
「もしもし、どうしたの」
「ひなた?りゅうちゃんが亡くなったの聞いた?」
「うん。ついさっきだけど」
「もう少し感情的になりなさいよ」
「驚いてはいる」
「まあいいわ。近いうちに帰って来れる?お葬式には参加するよね」
「あー、そうだね。近いうちに帰れるようにするよ」
「連絡は早めにね。ちゃんとご飯食べるんだよ」
「わかってるよ。じゃあね」
返事を待たずに電話を切って天を仰ぐ。今日は月がよく見えるな。僕の心はこんなに曇っているのに。
僕は悲しいのだろうか。近しい友人が亡くなって涙のひとつも出ないのは、僕が薄情者だからだろうか。小さい頃、感情が乏しいやつだとバカにされた時に直しておけばよかったかもしれない。
僕はなんで生きてるのだろうか。
なんて、考えたって答えが出ないことは知っている。
お腹が減った。ご飯を食べよう。
▼
結局、僕はあいつの葬式には行かなかった。言いたいことなんてなかったからだ。あったとするならば、それは嫉妬に似た、なにかどす黒い感情の塊のようなものだ。
どうして1人でいったんだ。ずるいじゃないか。僕も連れていけよ。
そんな、あまりにも自分勝手で子供じみた感情。
あいつは本当に死にたかったんだうか。まさか、自殺に見せかけた他殺ではないだろうな。なんて思わせるほどには、僕はあいつが死んだ理由を理解できなかった。あいつが死ぬのなら、僕も死ななければならない。あいつの方が生きてる価値のある人間だからだ。
あいつは僕をひなちゃんと呼んだ。僕を優しくて繊細で人の痛みがわかる子だと表現した。子犬よりも守ってあげたい存在だと言った。僕の目を宝石みたいだと言った。遊びには毎回誘ってくれた。ショートケーキの苺をくれた。泣いている時は何も言わずに頭を撫でてくれた。いちばん綺麗な石をくれた。ゲームは僕が追いつくまで待ってくれた。僕のことが好きだと言った。
今更思い出しても仕方がないのに。走馬灯のようにあいつとの思い出が頭の中を駆け巡って、処理が追いつかなかった。
涙が出た。止まらなかった。僕は、りゅうちゃんに何をしてあげただろう。ありがとうもごめんねも、何も上手く伝えられなかった。僕も好きだよ、なんて簡単なことさえも言えなかった。
どうして世界は僕中心に廻ってくれないのだろう。こんな時くらい、大粒の雨が降ればいいのに。僕の涙をかき消してくれたらいいのに。
今夜は満月だ。月の光が僕の濡れた頬を控えめに照らす。
明日、実家に帰ろう。りゅうちゃんの家に行こう。りゅうちゃんが生きていた証を見に行こう。そして、お墓参りをしよう。
伝えるんだ。僕にとってりゅうちゃんの命は、ショートケーキの苺や綺麗な石よりも価値のあるものだったんだと。
ちっぽけな僕たちの ユーリイ @ysmy_2411
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