ダンジョン×脅威
「入口も見当たらないし、『リコール』使う?」
「……ここで使うのはちょっとなぁ」
四ノ原の言葉に俺は渋った。
『リコール』とはダンジョン脱出用の魔法だ。唱えるだけですぐさまダンジョンを脱出し、神殿へと転移することができる。
ただ、使用するには一定額の使用料と、冒険者組合に認められて溜まっていく評価……貢献度を支払う必要がある。
法外なほどではないが、安くはない。リコールは最後の手段にしたいところだ。
「それは最終手段にしよう」
「僕もそれに賛成」
という訳で、目標を脱出に切り替えて周囲を探索する。
森を少し離れると、小高い丘に出た。枯れた森とは違い緑豊かだが、空が黄昏時な所為かどこか不気味だ。
「……何かいる」
地鳴り……気配を感じて呟く。それと同時に、ここから数百mも離れた場所……丘の頂上から何か巨大なものがのそりと起き上がった。
岩を纏った巨人。それが数体。
「……スプリガンか?」
ゴブリンと同じく妖精で、丘に出る巨人と言ったらそれくらいしか思い浮かばない。
スプリガンは俺達を見つけると、徐々に体を膨らませ始めた。ただでさえ巨体だったのが、更にどんどんと巨大になっていく。夕焼けを背に、黒い影が雲にも届きそうな程の巨人へと変化した。
そして、地面から岩を掘りだして、一斉にこちらにぶん投げてきやがった。
「やばっ……逃げろ!」
「ひぃぃぃっ!?」
直径6mはありそうな岩が、まるで隕石のように降り注ぐ。俺達は全力で距離を取りながら岩の雨から逃げ出した。
「っ、はあっ!」
避けられないと直感した岩を、上空に跳んで両断する。凄まじい衝撃が刃に伝わる。これ、『霞の木杖』じゃなかったら普通に武器の方が終わってたぞ。
当然二度目は無理だ。今度こそ武器が壊れてしまう。
「これ無理だ! 逃げるしかない! 『リコール』!」
これは今の俺らじゃあ手に負えない。『リコール』を使ってダンジョンからの脱出を試みる。1人が使えばパーティー単位で転移ができる。
身体が白い光に包まれる。転移の予兆だ。しっかりと発動できたらしい。
だが、何故か知らないがいつまで経っても転移しない。俺達はお互いに顔を見合わせた。
「なんで!?」
「どうなってるんだ……!?」
本来なら数秒もかからずに転移が始まるはずだが、今回は全くと言っていい程転移が始まらない。光は徐々に強くなっていっているので最終的には転移できるのだろうが……これは、転移できない、というよりも、転移までの時間がとにかく引き延ばされているといった感じだ。
「こっちだ!」
佐野さんの鋭い声が聞こえる。気が付けば、佐野さんは少し離れた場所にある、丘の足元にあった洞窟のそばにいた。俺達はその中に転がり込む。
「助かった……」
「佐野さん、助かりました」
「いやいや……むしろこれくらいしかできなくてすまない。何せ岩を砕いたら、代わりに武器がこんなになってしまってね」
そう言って佐野さんが戦槌を見せてきた。折れ曲がってしまっている。
「ここから先は、私は戦力にはなれそうにないな……」
「明らかにレベル不足だ。武器があっても無くても変わりませんよ」
「そうかもしれないね……さて、ここからどうしようか?」
どうするったって、出来る事と言えば反対方向に逃げるくらいしかないだろうが……それまで、奴らが岩投げに飽きるか、この洞窟が崩れるかの耐久戦をすることになる。どちらが不利かは明白だ。
どうしたものか。
別に死にはしないし、真剣に考える必要なんて、などという思考は存在しない。死ねばペナルティを負う事になる。数日間ダンジョンに潜れなくなるのは、俺にとっても他の3人にとってもキツイだろう。
何より死ぬことに慣れてしまうのは一番よくない事だ。
『オオオオォォォォ……』
「……ね、ねえ……なんか空が変じゃない……?」
と、ここで四ノ原が外を覗き見ながらそんなことを言い出した。
俺も外を覗き込み、空を見上げる。
「ああもう、次から次へと」
思わず悪態をつく。そんな俺の視線の先には巨大な亀裂があった。
その亀裂から、巨大な人間の腕が出てきて這いだそうとして来ている。
それは、美しい女の異形だった。全長50mはありそうな巨体。背には蝶々の羽。
「……あれは、ティターニアなのか……?」
一応、ぬらりひょんの一件で名前を知った、隠しダンジョンのボスとして名前を挙げられた存在については一通り調べた。
その中の一体に名を連ねていた、妖精王ティターニア。あれは明らかにソイツ本体だ。
「……? 何だ……?」
そんなティターニアの口には、俺がさっきまで潜っていた地底型の6等級ダンジョンのボスとして登場する、『闇の使者』がボロボロになった状態で咥えられていた。
『ギッ……ギャッ……』
『オオオオォォォ……』
ティターニアはそれを噛み砕き、嚥下する。すると、ティターニアから発される魔力が、僅かではあるが明らかに強くなった。
「ボスモンスターを取り込んだだと……!?」
それを見て、佐野さんが喉を鳴らす。
『オオオオォォォォ……』
ティターニアが、俺達に最初から気づいていたのか、明らかにこちらを認識して手を伸ばしてくる。
「ひっ……」
「くっ……」
「っ……」
凄まじい圧力と殺意。明野と四ノ原は明らかに怯んだ様子だが、俺と佐野さんだけは武器を構える事だけは出来た。だが、足が動かない。
そして、目の前が巨大な手のひらで一杯になった次の瞬間。
やっとこさ白い光が強く瞬き、転移が発動。見ていた光景が一瞬で暗転し、気が付くと全く別の光景へと置き換わっていたのだった。
大きな台座を中央に据えた大広間。周囲には俺達と同じく『リコール』してきたか、モンスターにやられたかした冒険者達がざわざわと喧騒を作っていた。
「……おしっこ出ちゃったかも……」
アヒル座り状態の四ノ原が、小さくそう呟いた。俺を含む男性人たちは何も言葉を返すことができずにただただ呆然とその場に突っ立ち続けてしまったのだった。
聖者を偽る暗器使い、現代ダンジョンを行く。 たうめりる @kakuu-yomuu
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