第416話 ある日の研究科の日常

 「自衛隊の野中博士から指令が来たよ。」


 それは何?と言いたくなる、大きな発泡スチロールを台車に乗せて押しながら、環希が研究室に入ってきた。


 慶応大学ダンジョン学部研究科研究室には、最新の機器が並び、それぞれの研究のために倫理上の問題に触れない限り何をしても自由の、まさに研究者天国。

 既存の学問のように、

 『尊敬できる教授もいるが老害もいる』

 『変な習慣に縛られて下の者の足を引っ張る謎ルールがある』などの、マイナス要素のない新しい学問がダンジョン学だ。


 研究室を自由に使えるのは、前提としては実習日の木曜日のみだが、3年生にもなれば必修が減る。

 空き時間は研究室にこもるから、実習日ではないこの日、部屋にいるのは3年生のみだった。


 「あ、本当だ。」


 白衣のポケットからスマホを出して確認した七菜が、

 「海洋ダンジョン?スタンピード?」

 と、少し顔をしかめて見せた。


 「そ。また面倒なことが面倒な位置で、らしいね。」

 「国境かぁ。」

 「そうそう。で、海の中にあるダンジョン探しの方法について聞かれたけど。」


 『気配感知を応用して竜巻感知にした人だし、何かない?』

 と尋ねられ、

 『それこそ気配感知でいいんじゃないですか?

 距離というか、深さの限界が私にはわかりませんが、モンスターが多そうな場所がダンジョンですよ。』

 と答えた環希。


 『あー、なるほど。

 うちにはカンスト気配感知のそらちゃんがいるし、現地に行けば何とかなるかも……』


 で、自衛隊外局は、青が『試験休み→春休み』で自由になる前に、まずは現地に行ってみることにしたらしい。


 「で、こっちでもっと確実にダンジョンを探れるソナーみたいなものを。」


 『頼まれた』と言う前に、

 「うーん……

 ダンジョン壁は若干普通の土壌と成分が違うって言うか、波長が違っているし……

 そういう機能を組み込んだソナーを……」

 と、七菜はとっくに思案中。


 もちろん外局でも考えているが、この未来の外局隊員達に依頼したのは、環希の発想力と、七菜の作る力を見込んでのこと。


 ナナタマコンビ、なかなか優秀。


 「で、その発泡スチロールはなに?」

 「あ、忘れてた‼野中博士が送ってきたの‼魔魚だって⁉」


 ダンジョンから溢れた挙句、環境に順応し新しい生物となった魔魚を、サンプルとして送ってきたらしい。


 「かなりうまいらしいよ。」


 七菜のものにも添付されていたが、環希が見せたスマホには、ご機嫌で(一角)うな丼を頬張る青、白、水まんじゅうの姿が。


 「あー、なら呼んであげないとね。」


 七菜が、研究室の隅に声をかけた。


 「モンちゃん。ムー君。」

 と。

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