第348話 (13章おまけ⑥) 回復術師に憧れて

 気付いたら、カフェテリアの最奥にいた。


 これが第2の奇跡だった。


 ボクはまだ7歳で、残っていた学生の中で小さい方だ。


 だからパニックする人々に流され続け、1つも自由にならないままに、何故そこが安全だと思ったのか理由も何もわからないまま、カフェテリアに避難した集団の1番奥に匿われたのだ。


 「嫌だ‼」

 「死にたくない‼」

 「助けて‼ママ‼」


 いろんな声(断末魔)が聞こえていたが、何が起こっているかは見えなかった。


 集団の1番奥だった上、身長的に覗き見さえ不可能だった。


 ……

 後で思えばこれも奇跡。

 別の場所で、同じような集団の最奥でワイバーンの饗宴に上らされた若い女の先生は、ひどいPTSDで苦しんでいるという。


 大人の身長があった、彼女には全て見えていたらしい。


 ゴリゴリバキバキと音がする。

 叫び声に、泣き声に、助けを呼ぶ声で頭が痛い。


 怖い。怖い。


 「?」


 気付いたら、逃げ出したくて、助かりたくて、奥へ奥へと押し付けられていた圧力が消えていた。


 周りには誰もいない。

 床は血の海だ。

 ところどころに見える、肉のような破片。

 ギラギラした脂が浮いたような床を作ったものに思い当たり、驚愕するボクの前にはワイバーンがいる。


 図鑑では、もっと茶色っぽかった気がする。

 漆黒の翼竜。


 毛づくろいするような仕草のわけは、彼は十分食べたからだ。

 いなくなった人々は、全て彼が……


 「‼」


 叫び声を抑え込んだ。


 叫んだら気付かれる。


 いや、もう気付いているだろうが、ワイバーンの興味をひいてしまう。


 けれど元より、見逃すつもりはなかったのだろう。


 「‼」


 体の中からガリッ‼という音がした。

 ワイバーンが面倒そうに左手を振り下ろす。

 ボクの右肩から入った爪は、そのまま体の右半分を削り落とすように振り抜かれた。


 痛みよりも喪失感がすごい。

 ボクの意識は明滅し、たぶん倒れたことだけは辛うじてわかる。


 死ぬはずだったボク。


 だから、後の記憶は頼りなかった。


 突然飛び出してきたスライムが、ワイバーンの翼を破った。

 体当たりで大穴を開けたのだ。


 同じ翼を、真っ白な犬の爪が裂き取る。

 

 そして逆の翼を男が剣で切り裂いた。


 助けが来たらしいことさえ、まるで現実味がなくて。


 ……


 …………


 「A、DAIJOBU。IKERU、IKERU。」


 意味のわからない女の人の声がした途端、ゆっくりと闇の中に沈みつつあるボクの意識は、まるで強引に、胸ぐらをつかんで引き戻すような激しさで覚醒した。


 無くしたはずの体の体半分が戻っていた。


 夢を見たわけではないことは、ボクの周りに同じような人々がたくさんいたこと。

 ボクがいた学校を含む、ラスベガスの一部に赤い霧……

 これがあふれたダンジョンらしいが、それがかかってしまっていたこと。


 そして消えかける意識で見た、スライムと犬と若い男の人がそこにいたこと。


 そのすべてが証明していた。


 迎えに来ていたおばあちゃんは、まだダンジョン化した区域に入る手前だった。

 パパの会社、ママのお店も、ダンジョンの外。


 ボクは助かり、そして……


 ボクの中に、強烈に残ったものが1つある。


 この、人類が未だ経験していない最悪の中、ボクを助け、多くを救った回復魔法。


 世間はダンジョン・プリンスに……

 ボクも助けられた日本の探索者(アメリカのカウボーイと同じ)に夢中だったが、ボクが気になるのはプリンセスの方だ。


 あの場にいたすべてを助けた魔法使いに敬意を表して。


 ボクの家は、ダンジョン化した中には入っていない。

 学校は変わったが、ボクの日常は続いていく。


 大人達の懸念に対し、ボクは元気だ。


 怖かった。

 恐ろしかった。


 けれど、あの日ボクに届いた救いの手を、いつか届けられる人になりたい。


 ボクはいつか……


 カウボーイになって回復魔法使いになりたい。


 どんな魔法を使えるかは蓋を開けるまで分からないが……


 人を救えるカウボーイになりたいと心から思った。


 ボクの日常は続いていく。









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