虹を渡ろう

月井 忠

一話完結

 押入れで小さくチーンと音が鳴った。

 僕は押入れを開けて音の在り処を探す。


 また、チーンと鳴る。


 古いダンボールの中から聞こえてくる。

 引っ張り出して開けてみた。


 やっぱり、これか。


 中には麻袋があって、その上に封筒が乗っている。


 捨てられなかった物。


 僕は差出人の書かれていない封筒を手にして、中の便箋を取り出す。

 内容は何度も読んでいるから、だいたい覚えてる。




 その時が来たら、虹を渡れ!

 私はその向こうにいる。


 虹を渡るためのアイテムを10個送る。

 私の時はアイテムがなかったから大変だったんだよ!




 便箋の最後には、お姉ちゃんの名前があった。


 お姉ちゃんは14歳の誕生日の日にいなくなった。

 それからしばらくして、この手紙とダンボールが送られてきた。


 このことは親に言っていない。


 どうせ信じてもらえないから。


 それにあの時のお父さんとお母さんは、けんかばかりだった。

 すぐに離婚して、僕は今お母さんと一緒に暮らしていてる。


 お母さんには新しい男の人ができた。

 僕はその人のことをまだお父さんと呼んだことがない。


 チーンとベルの音がする。

 ダンボールに残された袋の中からだ。


「はいはい」


 袋を開けると9個のアイテムが入っている。

 10個目のアイテムはこの袋だ。


 他のアイテムはその時まで、袋に入れておく必要があるらしい。


 手紙にはアイテムの使い方が書かれていた。


 まずはベルを手にする。

 勝手にチーンと鳴った。


 これは虹を告げるベル。


 僕は窓を開けて外を見る。

 夜空には何もない。


 虹が見れるというメガネを袋の中から出してかけると、遠くに大きな虹が現れた。

 夜の虹はくっきりとした輪郭で綺麗だった。


「夜に虹って……」


 疑問は置いて、袋の中から鏡を取り出し窓枠に置く。


 上から覗き込んで鏡に虹が映るようにする。

 この鏡は映った虹を固定するらしい。


 僕は身支度を整え袋を持つ。


 机に置かれた紙に目が行った。


「遺書」


 結局それだけ書いて、手が止まってしまった。

 やっぱり僕には死ぬなんて怖くてできない。


 あれから僕もお母さんもお父さんも変わってしまった。


「永遠なんてない」


 お母さんが、ぼそっと言ったことを覚えてる。


 同感だった。


 僕はどこか白けてしまったみたいだ。


 学校にもだんだん行かなくなった。

 ちょうどパンデミックの時期と重なって、いろいろあった。


 僕は靴を履いて外に出る。


 今日は僕の誕生日だ。

 お姉ちゃんがいなくなった日は14歳の誕生日。


 僕も今日で14歳になる。

 もしかしたら運命なのかもしれない。


 メガネをかけたまま自転車のペダルを漕いで虹に近づいていく。


 虹はその場所に止まったまま動かない。


 鏡の効果かな。


 だんだん下から虹を見上げる感じになった。


「虹がどうして真正面に見えるかわかる? 虹の下には川があって、私達はその中にいるんだよ」


 お姉ちゃんがいなくなる前にそんなことを言っていた。


 虹はくっきりとした形を保ったまま、地面に突き刺さっていた。

 すぐ側に、黒いマント姿の人がいる。


 手には槍のようなものを持っていて、一目で普通じゃないのがわかった。


 僕は自転車を道路脇に置いて、袋を漁る。


 虹の粒子を防ぐというマスクを取り出した。

 もっとも、パンデミックの頃によく見かけた不織布マスクと同じに見える。


 次に、虹の粒子から体を守るマントを羽織った。

 虹は体に良くないと手紙に書かれていた。


 全部その辺で売っていそうなもので正直効果を疑っているけど、今までのアイテムに効果があったので多分、大丈夫……かな?


 番人みたいなマント姿の人に近づく。

 男なのか女なのかわからない背の高い人だった。


 目の前まで来ると、番人はすっと手を出し、手のひらを上にした。


 僕は袋から一枚の金貨を出して渡すと、番人は受け取り道を開けた。

 虹を渡るための通行料らしい。


 目の前には七色の大きな壁があった。

 真ん中の緑色のところに扉がある。


 袋から虹の鍵を出して差し込み、回す。

 かちゃりと音がした。


 扉を開けて中に入る。

 虹の中は大きなチューブ状の空間だった。


 真ん中に、白くふわふわした雲のような円盤があった。

 あれに乗ると移動できるらしい。


 袋から雲に乗るための靴を出して履く。


 それにしても、お姉ちゃんはアイテムを持っていなかったらしいけど、どうやって虹を渡ったんだろう。

 そう思いながら雲に乗ると、ゆっくり漂うように上昇していく。


 お姉ちゃんは手紙で虹の向こうにいると書いていた。

 会ったら文句を言いたい。


 お姉ちゃんのせいで、家族はバラバラだって。


 でも、それよりお姉ちゃんに会いたい気持ちの方が大きい。

 元々お父さんとお母さんはけんかばかりだったし、僕だって学校に馴染めてなかった。


 お姉ちゃんのことがなくても、同じようなことになってたかもしれない。


 お姉ちゃんは虹の向こうで何をしてるのかな。

 そもそも虹の向こうには何があるの。


 僕の止まっていた時間が動き出した。

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虹を渡ろう 月井 忠 @TKTDS

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