第37話 俺たちのラブコメはこれからだっ!

《エピローグ》

 自分の席に座るや、クラスメイトたちの談笑をぼんやりと眺めた。

 俺の名前は、大原隆。


 平穏な日常を淡々と過ごすことが生きがいの、ごくごく普通な高校生。ありふれた毎日を過不足なく享受する。退屈という名の欠伸をかみしめる。あぁ、実に素晴らしい。


 平凡にして平均、人並みを極めることだけが唯一の趣味さ。

 ……ラブコメ主人公らしく独白してみたが、いまいちハマらなかった。

 やはり、目つきが悪くて友達いません! 的な常套句を取り入れるべきか。


 さりとて、目つきが悪い程度で友達できないわけねーだろ。第一印象が不利なものの、喋ってみれば案外まともな奴判定を受けることは難しくない。ひとえに、目つきが悪いという先天的な言い訳を用いて、現状に陥った原因を自分のせいではないと詭弁を弄する。


 自己弁護は達者である。そのスキルを応用して友達作りに励みなさい。怠慢だぞ?


「真っ先にこういう考え方が思い立つゆえ、主人公の適性が低いんだろうな」


 俺の口が悪いのは、俺が原因だ。

 家庭環境で子供の人格は決まるらしいが、人を攻撃していい理由にはならない。


「大原、何ブツブツ言ってるわけ? 気持ち悪いけど、ほんと気持ち悪いけど」

「……」


 言ってる傍から、俺より口が悪い人が隣にいた。

 藤原、きっと複雑な家庭事情があるんだろうな。

 うんうん、その気持ち分かるぅ~、と共感を示せば。


「きも」


 藤原は侮蔑の眼差しで、チッと舌打ちをした。

 我々の業界では、ご褒美じゃないですぞ。


「せめて嘘でもいいから、藤原に愛嬌があってくれと願うばかりだ」

「あんたに振りまく愛嬌なんてドブに捨てた方がマシね!」


 あたしのプライドを全てかけると豪語した、藤原。

 そんなに嫌わないでもいいじゃない。ぐすん。

 ツンデレってやつ頂戴よ。キツキツは辛い。俺、ラブコメ主人公なんだが?


 一応会話が成り立つ女の子でも、ほいほいヒロイン扱いしてはいけない。

 俗に言う攻略不能キャラ。勉強になったぜ、藤原。


「隆、冗談は顔だけにしなさい。こんなに分かりやすい子、珍しいわよ」


 フレイヤに背後から肩を叩かれた。

 え、退学? ミスター平均点のこの俺が?


「寄ってたかって顔をイジるな! 俺は、イケメンでもブサイクでもねぇ! 記憶に残らない地味メンだ!」

「あんた、自分で言って悲しくないの?」


 藤原が、憂いに満ちていた。


「うるせーっ。綺麗な顔した、美人のオメーには分からねーよ! みんな、嫌いや!」

「……ッ」


 俺も澄ましたフェイスで、無難な顔がコンプレックスですわ~とのたまいたかった!

 くそう、ふざけやがって。この世に神はいない! ギョウカイ神は存在確認済み!

 絶望するほど希望を抱いていなかったので、俺はひたすら憤慨するだけ。


「ふんっ。大原にも探せば、良いところが一つくらいあるんじゃない?」


 なぜか、藤原がフォローしてきた。あの女夜叉みたいな迫力はどうしたの?

 フレイヤは、そっぽを向いてしまった藤原の視線に回り込んで。


「ふーん。これはもう一人、イケそうね。藤原さん、隆はいつでも空いてるわ」

「誰がッ、あり得ないから!」


 藤原、荒ぶる。

 視線を泳がせた結果、再び俺をねめつける。


「こっち見んな!」

「あべしっ!?」


 俺は理不尽暴力を受け、阿部氏と床で慰め合う他なかった。

 マイフレンド、お前だけが俺の味方だよ……

 最近、受け身が妙に上手くなりました。柔道部の方、乱取りの際はご一報ください。


「お、おは……っ!」


 頭上からたどたどしい声が聞こえる。

 教室ではまだぎこちない彼女だが、特訓の成果は現れた。


「おはようございますっ」

「ん。おはよ。皐月」

「はいっ」


 藤原が手を上げると、杜若さんはコクコクと頷く。

 ふと、視線が合った。


「あの、大原くん。教室の床に寝そべらない方がいいですよ?」

「ちょっと寝不足でな。男子高校生は、いつでもどこでも眠いんだ」

「ふふ、遅くまでマジックショーの練習ですか?」

「マジックショーだ」


 若干の間を経て。

 杜若さんは朗らかな表情で、仕方がないですと笑った。


「皐月、そんなバカは放っておいて。あっちで呼ばれてる」


 藤原は立ち上がり、教卓に陣取る女子の輪へ歩き出した。


「待ってください。わ、私も、交ぜてくださいっ」


 杜若さんは、恥ずかしそうに藤原の背中を追いかけていく。


「大原くん、また放課後。いつもの、お願いします!」

「お、おう」


 正直、もう大丈夫だと思った。

 なんせ、彼女は背中を丸めてビクビクせず、立派に胸を張っていたのだから。


「それ、いつものセクハラ? 隆、サイテー」

「立派に、だ! 立派な、じゃない!」


 嫌でしてよ、フレイヤさん。

 それじゃあまるで、ぼくがいつも女の子のおっぱい観察に全力みたいな誤解を招いてしまいますわよ? 図らずも、眺望してしまうだけである。俺は、悪くねぇ!


「結構スケベじゃないと、ラブコメ主人公は長続きしないわ。才能、あったじゃない」

「才能があると言われて、人生で最も嫌なタイミングじゃねーか!」


 俺がフレイヤに抗議していると、勢いよくドアが開いた。


「お前ら! さっさと席に着け! 早くしろ!」


 担任が面倒臭そうに教卓を叩いた。


「喜べ、お前ら。また、美人転校生だ。入って来い」


 ざわつく教室で、俺は新キャラの登場パターンを訝しんだ。

 転校生ネタは、フレイヤが使ってしまった。もっと趣向を凝らしたまえ。


「へー、転校生……良かったわね、わたしたちのラブコメはこれからよ」


 フレイヤが楽しそうに見守っていた。


「それ、打ち切りフレーズじゃん。やれやれ、俺は平穏な日々を過ごせれば満足さ」


 転校生が全員ヒロインと誰が決めた?

 ならば、フレイヤもヒロインという理屈がまかり通る。

 んなわけねーって。彼女は、相棒枠。二人で困難を乗り越える感じ。


 ……俺のジャンルは、バディーものだった?

 果たして、ドアから出てきたのは――


                                   <完>

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ラブコメ主人公なんて誰でもできると思った時期が俺にもありました。 金魚鉢 @kingyobachi

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