第36話 お約束

 しばらく経つと、フレイヤが屋上にやって来た。


「告白、オッケーすれば良かったのに。あの子のこと、ほんとは気になるんでしょ」

「こっちは、仕事でラブコメやってんた。ヒロインの告白は引き延ばすもの。即オーケーしていいのは、<少女恋愛>。ウェヌスの担当だろ」


 くたびれた社畜のごとく言葉を漏らした、俺。

 交際までの“過程”と“その後”の違い。読者層の精神年齢を意識せよ!

 所詮、そういう計算がなければ動けない小心者さ。元々、適正がないからね。


「ふーん? 割り切ってるみたいな言い方だけど、残念そうな顔よ? 顔は残念よ?」

「イケメン要素を求めるな。俺は、どこにでもいるようなごくごく普通な高校生ゆえ」


 フレイヤは、ニヤニヤと俺にちょっかいをかけてきた。

 今日はたくさん疲れたんだ。やめたまえ。

 反応の薄い俺に飽きたのか、ラブコメのギョウカイ神がついでとばかりに。


「隆。そういえば、微弱ながら主人公補正を感じるわ。消滅の危機を脱したようね。やるじゃない」

「……さいで」


 怪訝な表情で首を傾げた、フレイヤ。


「何よ。もう少し喜んだらどう? 消えたくなぁ~いって毎晩枕を濡らしてたじゃない」


 そんな事実はないけれど、小生リアルガチで疲弊しておりまして。

 試しにシャツをめくれば、スケスケならぬ肌色ボディーが確認されたし。


「隆は、ターニングポイントを無事乗り越えた。わたしが手伝ってあげたんだから、当然の結果ね。汝、ラブコメ主人公なり。この世界に必要だと、存在を証明したわ」

「存在証明、か」


 あなたはここにいていいよ、と。

 主人公補正を以って、無意識の集合体的なサムシングに認められた。

 俺は歓喜の舞でも踊るかと思ったが、安堵の念しかない。良かった、どうにかなった。


 さりとて、やはりラブコメの適性は乏しいという判断に帰結される。

 だって、人の好意をあらゆる行為で曲解し、雑草を踏むかのように幾度も蹂躙し、お前の想いなどけっして届かないと、平然と鈍感アピールをキメなければならない。


 俺は性格が悪いはずなのに、先ほどの鈍感アピールで罪悪感が芽生えた。

 ……杜若さん、嫌な気分になってないかしら? 心の暴力はすごく痛いでしょう。


「たまに繊細よね、隆って。傷心なんてらしくない。悪いと思ったの? その分、良いことすればいいじゃない。良くも悪くも、痛みを伴わない関係ほど薄っぺらい物はないわ」


 フレイヤが空の彼方を眺めた。在りし日を顧みたのかもしれない。


「シャキッとしなさい、ラブコメ主人公。まだスタートに立っただけよ? わたしが世話を焼かなくなるくらい、大成してちょうだい」

「……善処するかどうか、検討してみる」


 結局やらないパターンはさておき、俺は懸案事項を思い出した。


「<異世界転生>のギョウカイ神はどうした? まだ妨害は続きそうだけど。フレイヤを邪魔することに関して、スゲー熱心だったじゃん」

「全く迷惑な子よ。まぁ、リンネはしばらく大丈夫」

「如何に?」

「隆が橋を渡った後、リンネと取っ組み合いが始まったんだけど……」


 始まったんかい。一応、女神だろ。もっとオサレバトルしたまえ。


「意外にパワーがあって追い込まれたけど、わたしは身体を捻ってゲートに放り込んであげたわ。見事に食らわせたの、うっちゃりを」


 そして、ドヤ顔である。


「うっちゃり!?」


 それは、相撲の決まり手。

 土俵際に追い詰められた力士が、身体を逸らして相手を外に叩き落とす逆転の一手。

 ちなみに、近年あまり見られないマイナー技らしい。じっちゃが言ってた。


「相撲に詳しい<ラブコメ>のギョウカイ神。なるほど、なるほど」

「文句あるわけ? どんな技か実演してあげるわ」

「腰の調子が悪いから遠慮しておく」


 フレイヤは、不機嫌な子供じみた顔で。


「あっそ。リンネについてもう一つ。適性者を虚偽の説明で異世界転生させてた事案が、委員会に何件も報告されたみたい。当分始末書の山に埋もれるでしょう。<異世界転生>ブーム、衰退の危機よ。フン、悪は滅びるものね!」


 先方より、よっぽど悪い顔をした女がいたのは杞憂にあらず。

 隆です。魔女の手下として、ラブコメ主人公を強いられています。優しくて、可愛くて、勇気があって、かっこいいヒロインがいましたら、救ってく――

 俺は、よっこらしょと立ち上がった。身体をニャーンと伸ばす。


「そういえば、フレイヤ。さっきの風、助かった。流石、ラブコメのプロ。あのアシストがなければ、オチを付けられなかったぜ」

「風? 何それ?」


「いやいや、フレイヤさん。ヒロインが告白しかけた時に吹き荒ぶ恒例のやつ!」

「知らないけど」


 フレイヤが首を傾げた。


「……何、だと……?」

「言ったでしょ。わたし、リンネをうっちゃりすることで頭いっぱいだったのよ」

「相撲に気を取られるな! もっと俺のターニングポイントを大事にしろっ」

「隆を信じてたの。おかげで、別ジャンルの脅威を排斥できたわ。友愛の勝利ね」


 まるで、ラブコメの女神のような笑顔でした。

 いい話だなぁ~とはならず、俺が再びズッコケを披露しかけたちょうどその時。

 偶然たまたま、ピューッと一陣の風が吹いた。


「……っ!?」


 ふわり、ふわりと、たなびいた。

 綺麗な薄桃色の髪はもちろんだが――

 加えて、風の妖精さんの悪戯か、フレイヤのスカートがめくり上がる。


「黒のレース、か……」


 そして、ご開帳である。

 必死にスカートを押さえたフレイヤをよそに、俺はうーんと唸った。


「……これはもしや、ラブコメの神さまの祝福か?」

「ラブコメの神は、わたしでしょーがッ! 見たわね、このヘンタイ――ッ!」

「あべしっ!?」


 いい加減、阿部氏とはお友達と言えるくらいの関係。長い付き合いになりそう。

 小腹が空いていた俺は腹パンを食らい、吐きそうな程度にお腹いっぱい。

 自分でも、何言ってるか訳わかめ。


「しばらく、そこでくたばってなさい。じゃあね。夕飯はカレーよ!」


 目下、食欲がそそらない捨て台詞を残し、フレイヤは俺を置いて帰ってしまった。

 あいかわらず、空は穏やかだ。地上は忙しいぜ。

 屋上で一人、地を這う俺。虫けらのごとき生き様を晒した。

 これって、デジャブ? 今しがた、似たシーンに遭遇したはずだが?


「今回は演技じゃない。全部、主人公補正ってやつのせいだ!」


 ラブコメ主人公が背負う所業、もはや呪いに等しい。

 やっぱ、俺はモブモブしく背景やってる方が得意だぞ。


「不可抗力なのに理不尽暴力を受けるなんて、俺はめちゃくちゃ不幸だぁーーっっ!」


 自然と発したこのセリフは、演技かどうか――

 ラブコメの神さまだけが正解を知っていた。

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