動き始めた時間(カフェシーサイド11)
帆尊歩
第1話 カフェシーサイド11
砂掻きは重労働だ。
でもなぜか真希が僕を手伝う。
それはそれで嬉しいんだけれど。
「真希ちゃんさ」
「何ですか」
「いや、手伝ってくれるのは嬉しいんだけれどさ、なんか申し訳なくて、遙さんにバイト代出せとも言いずらいし」
「別に、好きでやっているんだからいいですよ。というか、何かしていないと落ち着かなくて」
「そうか」
「迷惑ですか?」
「ぜんぜん」と僕は首を振った。
その時視線を感じた。
香澄さんが驚いたように立ち尽くしている。
「いつからなの。傷心の女の子に手を出すなんて、最低」と言って、店への階段を上がろうとする。
「香澄さん、待って、違うんです」
真希がケラケラ笑う。
でも次の瞬間、笑顔が消えた。
真希が立ち尽くしている。
そして、その先には、カコがいた。
カコは自分を妊娠させた男、孝と話をしに行っていた。
「カコ」と真希が言うとカコは不安げに頷いた。
「で、どうだったの、孝との話は」真希とカコは窓際の席で話している。
「うん」とカコは言いよどむ、
ふと僕は横を見ると、沙絵さんがコーヒーを飲んでいる。
「なんでいるんですか」と、僕は小さく話しかけた。
「呼ばれたから」
「ええっ」
「あたしが呼んだ」と遙さん。
「そんな」
「そういえば手代、傷心の真希ちゃんに手を出したそうじゃない」
「いやそれは」
「汚い男だ、弱っている女の心の隙間をこじ開けて入り込むなんて」沙絵さんは真希達を見つめながら、ぼそっと言う。
「違う、違います。香澄さん。二人になんて言ったんですか」でも香澄さんは、目をうるうるさせながら、真希達を見守っている。
いや香澄さん、自分の不幸と重ね合わさないでください。
「孝には、会えなかった」
「えっ」
「私から逃げたいのか、偶然なのか分からなかった。だからポストに手紙を入れたの」
「どこまで書いたの?」
「全部。妊娠したことも、わざとサーフィンして流そうとしたことも。気づいたの、私の意志で中絶なんて出来ない。だから不慮の事故で流れたと思いたかったんだって。でも、そういうことも全部書いた。ここのことも書いた。だから、孝が迎えに来てくれたらいいなって」
「ちょっと、そんなのって。孝が来なかったら、どうするのよ」
「一人で育てる」
「カコ、育てるって、一人でどうやって」
「後悔はしたくないの。何年かして、自分の手で子供の命を奪ったと思いたくない」ああ、沙絵さんの影響をもろに受けている、と僕は思った。
どうしたら良いんだ。
孝がどんなやつか分からないけれど。
でもなんとなく、孝はここには来ないと、僕を含めてここにいる人は思っている。
「ここに来たときから、時間が止まっていたんだ。孝がどうするか、私がどうするか」
「時間が動かなかったら?」
「その時は、私が自分だけの力で時間を動かす」
「時間を動かすなんて、生半可じゃないよ」と急に沙絵さんが言う。
「分かっています」
「分かっていない。女一人で子供を育てる。たくさんの人の世話にもならなくちゃいけない。たくさんの人に迷惑も掛けなきゃいけない。煙たがれることもあるかもしれない。そういうのを跳ね返していかなきゃいけない。その覚悟がカコちゃんにはある?」
カコは沙絵さんをキッと睨んだ。
「あります」その強い言葉に、迷いがあるようには思えなかった。
「カコ・・・」真希が心配そうにつぶやいた。
「分かった。もし、塩浜にいるなら、あたしもできる限りの応援をする。いや、もしここを離れても出来ることがあれば手伝う。頑張れ」
「はい」
「うちで、バイトする?」と遙さん。
「男に捨てられる経験なら、話してあげるよ」いや、香澄さんは悲惨すぎて、参考にならないだろう。
というか、もう孝が迎えに来ないことで話が盛り上がっている。
まあ、そうだろうけれど。
次の日から、カフェシーサイド「柊」の砂掻きは三人になった。
三人でやるとこれが進む、進む。
砂を掻くという行為は、何だか無心になれる、スコップで砂と向き合うとはいえ、期待薄とはいえ、孝を待っている状態なので、真希もカコもそわそわしている。
三日目になっても、孝は現れなかった。
女は強し。三日目になると踏ん切りが付いたのか、そんなそわそわ感がなくなり。真希など、これからどうすると本気でカコと相談し始める
砂を掻きながら。僕は独り言のようにつぶやく。
「二人とも砂って何だか知っている?砂は砕けた岩なんだ、鉱物なんだ、風で流動するから、生物は生きられない。腐敗菌すら生きられない。だからある意味、とても清潔なんだ」返事がない。
「無視ですか?」と言いながら、僕は顔を上げる。
すると一人の男が立っていた。
カコがスコップを落とし、見つめる
「孝?」と僕は真希に小さく尋ねる。
真希は頷いた。
次の瞬間、カコと孝は抱き合った。
それを見ていた真希が、泣きながら僕に抱きついた。
小さな嗚咽を漏らす真希。
そのせいで、僕まで涙がこぼれてきた。
時間が動き始めた瞬間だった。
動き始めた時間(カフェシーサイド11) 帆尊歩 @hosonayumu
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