一線

会社の説明会は特に問題なくスムーズに進み、私が求めていた収入面も想像以上のものだった。

俄然やる気が出てしまった私は、ノリと勢いで面接を受けることになった。

正直面接は得意だ。

何も持ってないが、仕事を転々としてきた私には引き出しの多さという長所があった。

中身がすっからかんでも、面接の間の時間稼ぎにはなる。

そして父親に「おじキラー」と呼ばれるほど、おじさんウケがいい。本当にいい。


これで受からないわけがなかった。

結果を心配する必要もないほどあっけなく採用が決まってしまった。

1週間後には研修に入る。

2週間の泊まりがけで講習を受け、その後実務に入り、1ヶ月後に試験だという。

正直面倒臭さはあるが、こういう事は地味に好きだった。

何かに興味を示した時、私は他の事は考えられず、それしかできなくなる。

もう既にできる気しかしていなかった。

謎に自信家なのは長所と言ってもいいだろう。

根拠なんてものは必要ないのだ。


研修に入る前にとお礼がてら成瀬に連絡をした。

すぐに会う事になり、いつぞやのバーで待ち合わせをした。


「いやぁ、まさかこんなに早く採用が決まるなんて思わなかったよ。さすがだね。」

感心した様子でグラスをこちらに向けてくる成瀬。

「ありがとうございます。意外と得意なんですよね、こういう勢いで行動するの。」

少し照れ笑いをしながら乾杯をした。

「すぐ行動に移せるのは素晴らしい事だよ。そういう君だから、僕は今回紹介することができた。力になれて光栄だよ。」

なんとも誇らしげに褒め称えてくれるこの人は、本当に私の事が素晴らしい人間にでも見えているんだろうか。

こんなにフラフラして、ろくでもない人生しか歩んできていないのに。

そう思いながら、本当に成瀬さんのおかげです。と続けて少し謙遜ながらお礼を言った。


この日は2人ともいつもより機嫌が良かったからか、普段より遅くまで飲んでいた。

ところどころ記憶も飛んでいて、何を話したのかも覚えていない。

気付けば帰り道で、もう少しで私の家というところだった。

「あれ、ここまで送ってもらっちゃった。すみません。ありがとうございました。」

私はヘロヘロながらも成瀬にお礼を言い、帰ろう振り返った瞬間、成瀬が後ろから抱きついてきた。

「えっ?、ちょ、なんですか?」

焦って振り払おうとしたが、酔っ払いの私には男性を押し除けるほどの力はなかった。

「んー、まだ一緒にいたいな、だめ?」

あまり呂律の回っていない口調で成瀬は言う。

「酔いすぎですよ、ほら、帰るよ。」

そう言いながら、成瀬の腕から抜け出そうともがくがびくともしない。

すると成瀬の右手が身体を這い、私の右胸に触れる...。


きっとお互いに酔いすぎていたんだろう。

ここからの記憶はパッタリと消えてしまっていた...。


気付いた時には、自分のベッドで目を覚まし、ひどく頭痛のする朝だった。

昨日の出来事を思い出すも、それ以上の記憶は得られなかった。

周りを見渡しても成瀬の姿はなかった。

(この先が一番大事なのに...。)

そう思っても戻らない記憶は仕方がない。

きっとその先も...。

少し呆れながらもそれ以上は何も考えないことにした。

どうせ何かあったとしても何の意味もないのだから...。

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明日の私を探して hana。 @Ohana_San

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