第五話 もう一人

 二人のマシューが戦っている。どちらが本物のマシューか戦い方や癖で見分けるしかない。識別コードを見るという方法もあるが、非武力化装置ディザーム・デバイスは近距離でしか使えないため無理だろう。


 このメタバースでは識別コードを改変することはできない。これはメタバースの製作者が決めたルールであるため、どんなに腕の良いクラッカーでも改変は不可能だ。


「マシュー大丈夫か?」


 と近づくと、急に吐く息が白くなり、辺り一面に氷が張り、足を固められ身動きが取れなくなった。銀世界の中で結晶が舞い、光を反射させ輝いて見える。


 すると氷が割れ、大地から無数の土や岩が飛び出して、黒く輝くコアに集まっていく。それは手となり足となり、出来上がった姿は五メートルほどのゴーレムとなった。


 隻眼のゴーレムはマシューに向けて殴りかかると、氷の壁が出来上がりゴーレムの侵攻を阻止する。フェニクスは剣と盾を装備してゴーレムの前に立ちはだかるが、その剛腕な攻撃は、盾で防ぐことはできず避けるのがやっとだった。


 ゴーレムに剣は意味がないのは知っている。流石に強いなと感心していると、氷の壁を粉々にして、マシューに近づいてくる。再度目の前に氷の壁を作って侵攻を阻止するが、ゴーレムは豪快に氷を殴り、その破片が乱飛して襲いかかる――


 一瞬で森の中に切り替わる。沢山の木々によって太陽の光が遮られ、葉と葉の隙間から木漏れ日が差すのが見える。これはゴーレム対策だろう。沢山の太い木がゴーレムの動きを鈍らせる。


 その瞬間、走り出すマシュー。腰からダガーを取り出して、偽マシューに攻撃を繰り出す。しかし寸前で止められ何度も斬りつけるが、偽マシューに攻撃が当たることはなかった。


 すると土から腕が生えてマシューの足を掴むと、一瞬で砂漠の世界が広がる。すると砂でできたドラゴンがマシューに喰らいつき、噛み砕こうとするも、何本もの砂の杭がドラゴンの肉体に突き刺さる。


 砂と化すドラゴン――熱い太陽は中天を差し、二人のマシューは息を整えている――次の瞬間、マシューの脚に砂が絡まり、肉体が砂の中に沈んでいく。


 マシューは幻覚を解こうとした瞬間、砂が盛り上がり、アイアン・メイデンが現れる。蓋が開くと無数の鎖がマシューの肉体に絡まり引きずり込むと、蓋が閉まりその無数の針に串刺しにされる。


 断末魔の叫び声が響き、アイアン・メイデンから大量の血が流れ出す。蓋を開けて出てくるマシューの胸目がけてフェニクスの剣が突き刺さる。


 フェニクスは、すかさず非武力化装置ディザーム・デバイスで識別コードを読み取ると話しかける。


「仲間くらい直ぐに分かるんだよ。それがお前の敗因だ」


「へぇー、良く分かったね、フェニクス」


 偽マシューが実は本物のマシューであり、フェニクスは一目でそれを見抜いていた。マシューとは長い付き合いだ。任務も二人の時が多いので、どんな幻覚を得意とするか、好んで使うかは分かっているつもりだ。


 すると、ここら一帯を覆う幻覚は全て解除され、通常の中央広場に戻った。マシューのファイアウォールも解除され、人がまばらだが姿を現し始め、日常に戻りつつある。


 さて、幻覚が解除され、捕まえた犯人は黒い耐熱耐冷スーツに黒いヘッドギアを被る女だった。顔全体を覆うヘッドギアは赤いラインだけが輝き、視界をドローン任せにしているのだろう。


 名前はマーベル――A級犯罪者だった。通りで幻覚の使い方が上手いわけだと感心しながらも、フェニクスは上空を見上げると、八機のドローンを確認し、拳銃で撃ち落とす頃には、マーベルは転送されていた。


「終わったようだね。二人だときついよ、これ」


「だよな。いつまでも二人だと限界がある。だが弱いなら邪魔になるだけだ。この間で揺れている」


 犯人と戦っている最中に味方を守る余裕はない。背中を預けられない相手と組むつもりはなく、最低でもマクベスと対話できるレベルが欲しい。


「マシュー、帰ろう」


 と言って互いにゲートコネクションを開いて四課へ飛んだ。

 するとソファーに座っているアビスを見つけた。大丈夫なのかと近づくと、その顔は一皮剥けていい顔をしていた。


「大丈夫なのか?」


「ちゃんと寝られたの?」


「はい、グッスリ眠ったら回復しました。清々しい気分です。自分より強い相手に出会ったら、この仕事を諦めきれなくって出社しました。俺はエリートなので、みんなの憧れにならないとなんですよ」


 回復力が早過ぎるし、通常ならあの状態で眠れることなどあり得ないのだが、見た目は通常のアビスだった。ただアビスが言うエリート意識が、背中を押しているのかは分からない。

そして髪をばっさりと切っている。強がりでなければ良いが……。


 自分よりも強い相手と戦いたい、その気持ちは物凄く分かる。だがもう少し休む必要があるのではと思う。


「アビス。念のため精神科医の診断と、薬物反応はないか調べてからここに来てくれ、それまでは仕事には復帰させない」


「分かりました。直ぐに行ってきます」


 そう言ってアビスは椅子に座り、ダイブアウトをして見えなくなった。フェニクスもマシューもアビスの言動に驚いている。フェニクスはここに配属になった頃を思い出す。一言で表すなら『がむしゃら』だった。『無鉄砲』と言ってもいい。


 そしてマシューは国の上層部から派遣されて来た人材だ。アビスのエリートどころの騒ぎではない。正規のルートでメタバースのデータベースにアクセスできるのは、それが理由だ。



◇◆◇◆



 ある男は静かに言葉を発する。


「失礼します」


 そう言って歩き出すと、中央には大きな四個の水晶がそびえ立つ。その中には三つの裸体が保管され、その水晶の前には三個の脳が置かれている。それらは水色の液体に浸かりケーブルで繋がれていた。


 これが自立型脳支援ブレイン・スタンディングだ――


 脳だけの状態でメタバース内を活動している。中央に置かれているのがイニシアティブと呼ばれ主導権を意味している。この組織のトップを務めており、金髪の長い髪に碧眼の女性だ。身長百七十センチほどの背丈にスラッと伸びた手足は白く、若い頃はモデル体型だったのではと伺える。


 そして右に置かれているのがアセットと呼ばれ財産を意味している。白髪の長い髪に茶眼の男性だ。身長百七十五センチほどの背丈。白髪ではなければ五十代に見える。実際は何歳なのかは分からない。もし調べても隠ぺいされているだろう。


 最後に左に置かれているのがフォーセスと呼ばれ力を意味している。黒髪の短髪で緑眼。ラウンド髭を生やしているのが特徴だ。身長百八十センチと高く完成された肉体美により年齢不詳だ。


 そしてこの組織は『血のプライド』と呼ばれ、当初メタバースを運営していた会社の重役たちで構成されている。本来ならメタバースの製作者も入るはずだったのだが、現在、行方不明により捜索中となっている。


「入りなさい。それでどうかしら?」


「はい、マクベスは隔離しているため脅威はありませんが、飼い犬には早過ぎます。餌を与えないとなりません」


 男は中央の椅子に座り、見上げるとイニシアティブが話し始める。その声は若く水晶の中の裸体とは歳がかけ離れている。だが声を変えることなど容易いことであり、今の技術なら若き頃の声を再現することも可能だ。


 さて、イニシアティブは何としてもマクベスを手駒にしたいようだ。


「野に放ってはなりません。檻の中で手懐けなさい」


「ですが先日、一人の優秀な若手がマクベスに意識不明にされました。餌なくしては手懐けるのは難しいかと」


 するとフォーセスが話し出す。その声は低くて渋く、胸の奥に響く。


「何が欲しい? マクベスは何を求めているのか調べろ!」 


「はい、プロファイリングした結果、刺激かと思われます。特に命を奪うことに渇望しているようです」


「そんな奴は世の中に放てないな。いっそのこと殺したらどうだ?」


 と低くて太い声でアセットが言う。

 その通りだと思うし、奴を自由にさせることは危険過ぎる。どんな条件を提示しても、マクベスは首を縦には振らないだろう。八歳で一万人を殺したその才能は、素晴らしいと言えるが、性格は最悪と言える。


「何故、生かしておくのですか?」


「それは彼の才能よ。フレームワークを改変できる可能性を秘めているから」


「ですが、もっと危険なのでは?」


「だからコンパイルを探しなさいって言っているの。見つかればマクベスなんて価値のないただの子供ガキよ」

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