第四話 麻薬

 四課のメンバーを増やそうと、訓練所からエリートを配属させたが、二人共やられてしまった。これでは犯罪組織に勝てず逃げられてしまう。マクベスに会わせるのは危険ではという声を訊くが、犯行現場で幻覚にかけられ、恐怖で立ち止まっていたら、足手まといにしかならない。


「第五クラスタ・第七セクタ・エリアBで幻覚系麻薬GODの使用者を発見したと通報あり。四課は至急現場へ向かってください」


 幻覚系麻薬GODはGod or Devilの略で、プログラムによって作り出された薬物だ。脳内物質を過剰に分泌させ、幻覚を見せる。それは神か悪魔かどちらかが現れ、神なら極上の快楽を味わい。悪魔なら泣き叫ぶほどの快楽を味わうとされる。


 そんな危険な薬物に手を出す若者が後を絶えないのも、取り締まりが強化できないからだ。捜査員は沢山待機しているが、メタバースに詳しい者が足りていない。


 フェニクスはゲートコネクションを開き、空間に緑色の文字の羅列が現れた。右手を前に出し接続すると、文字が右手から侵入し肉体の全てを侵食すると姿が消える。


 第五クラスタ・第七セクタ・エリアBへ飛んだフェニクスは、商業地区に降り立ち辺りを見回すと、無計画に建てられた建物。増設された家や階段が乱雑に配置され、ネオンきらめく看板で溢れている。


「こりゃー、迷路だせぇ、どうする?」


「マシューだ、合流する。今からデータベースを検索して捜し出すよ」


 マシューはこのメタバースに使われているデータベースにアクセスして、命令を実行する権限を持っている。専用の白いヘッドギア『深層接続補助機コネクト・ギア』を被り、マシューの肉体が赤や緑色の文字で包まれる。すると物凄い速度で手を動かし始め、スクロールする文字の残像が見える。


 これをしている時のマシューは無防備なため、フェニクスが護衛に回る。POLICEと書かれた白いフード付きのローブを纏っているので、民間人は近づいてこない。来るのは犯罪者くらいだろう。


 と言っている側から空間を殴るフェニクス。何かに当たり姿を現した銀色の物体は、吹き飛び壁にぶち当たる。茶色い壁が崩れ落ちて瓦礫に埋まると、倒れている者が起き上がる。その姿は銀色のフルプレートメイルを着た者だった――名前はカイト。


「マユミ。武装転送してくれ」


「認識コードを確認しました。フェニクス警部補の装備を転送します」


 フェニクスはローブを脱ぐと、換装ユニットに装備が転送され、両肩に黒いタワーシールド、背中に大きなヴォーパルの剣を背負う姿になった。


 奴は大きく飛び上がるとその斧を振り下ろす。左肩にある黒いタワーシールドで受け止めると、鈍い音がして両足が大地にめり込んだ。フェニクスは背中からヴォーパルの剣を引き抜いて、鎧の隙間を狙い、首を刺突する。


 奴はヒーターシールドで受け止めると、斧と剣がぶつかり合って、離れると見せかけて突っ込むと、互いに盾をぶつけて睨み合う。


「力比べとは甘く見られたものだな」


 タワーシールドを下げて、ヒーターシールドを蹴り飛ばすと、立ったまま後ろに滑り両足が二本の線を大地に刻む。立ち止まった肉体にタックルで突っ込み壁に激突すると、下からの掌底でヘルムを脱がす。


 吹き飛んだヘルムの中身は男だった。目は充血し、口から涎を垂らし、額には太陽のマークが刻まれ血が滲んでいる。薬物による洗脳と遠隔操作ツールRAT(Remote Administration Tool)を使用しているのだろう。


 カイトを事情聴取して、薬物を飲ませた者、命令をした者を訊き出さなければならない。が、この状況を見るとかなり薬物に依存しているようだ。ちゃんと会話ができるようになるまで何年か費やすだろう。それを待っているほど暇じゃない。


 フェニクスはカイトの脚の関節を狙って斬り裂いた。バランスを崩して大地に倒れたところで、肉体を真っ二つに分断。飛び散る血、溢れ出る臓物、それでも両手を使って這いながらも攻めてくる。


 ばらばらになるまで攻めてくるつもりだろう。操られているのだから仕方がないが、これ以上、争っている暇はない。


「四課のフェニクスだ。留置所へ転送を頼む。名前はカイト。街中での乱闘騒ぎってところだ。それと薬物依存の可能性あり」


 と言って非武力化装置ディザーム・デバイスを当てて識別コードを送る。この装置は対象の識別コードを読み取る機械であり、特定の者しか使うことができない。スタンガンのように電流を発生させ気絶させることもでき、対象を傷つけずに移送させることができる。


 洗脳されていたカイトは、意識を失い次目覚めた時には檻の中だろう。その後、薬物依存のため病室に移送されたとしても、どちらにせよ犯罪者に変わりはない。


「こちら四課です。確認が取れました。カイトを転送します」


 するとカイトの肉体が透けて見えなくなった。それを確認しフェニクスはマシューを見ると、手の動きが止まったようだ。


「足跡をみつけた。行くよ!」


 マシューの後を追い、商店街の中を駆け抜ける。ここでは色々な物が売られている。武器、弾薬、違法麻薬に臓器。もしかすると幻覚系麻薬GODもここで売られていたのかもしれない。


 すると突然、暗くなったと思ったら、見渡す限り深い森の中で方角を見失う。立ち止まり直ぐに幻覚を解くと、先程の商店街の中に出る。マシューはフェニクスを見て、幻覚が解けたことを確認するとまた走り出す。


「近づいてきた。そろそろ幻覚に入れる」


 すると商業地区が大きな壁に囲まれる。これはマシューのファイアウォールだ。真っ赤な壁から無数の手や脚が出ている。相変わらずいいセンスをしている。


 そして二本の鎖が蛇のように地面を這うと、走る二人の脚に絡みつき、ピンと張った鎖に足を取られて大地に顔面を埋める。


 すると大地が盛り上がり、アイアン・メイデンが二体現れる。蓋が開くと無数の鎖が犯人の肉体に絡まって、その中に引きずり込むと、蓋が閉まり無数の針に串刺しにされる。

 断末魔の叫び声が響き、アイアン・メイデンから大量の血が流れ出す。


 フェニクスは近づき、蓋を開けてイベントリを確認した瞬間。大きな爆発で吹き飛んだ――と思った瞬間、元の位置に立っている。


「流石だね。あのトラップを一瞬で解くなんて」


「伊達に四課で主任してないさ」


 フェニクスはイベントリから幻覚系麻薬GODを発見すると、四課へ連絡を入れる。メタバースに関わる事件は全て四課の管轄となる。特に犯人逮捕は四課しかできない。


「こちら四課のフェニクスだ。二人分の識別コードを送るので、留置所へ転送を頼む。幻覚系麻薬GODの所持により現行犯逮捕だ」


と言って非武力化装置ディザーム・デバイスを当てて識別コードを送る。


「こちら四課です。確認が取れました。二人を転送します」


 すると薄れていく二人を見て消えゆく瞬間――

 姿が元に戻り鎖が解けていく、マシューはもう一度、鎖で拘束し始めるが、徐々にだが解けかかっている。


 すると一発の銃声が響く、マシューの白いヘッドギアの前で止まる金色の弾丸。危なかったと思った瞬間、鎖は解けアイアン・メイデンも消えて二人は動き出す。この幻覚を解いたのは奴だろう。


 マシューは走り出し先程の術者を追いかける。あの白いヘッドギアをしたマシューからは逃げられない。奴を追い詰めている間に、二人の転送を終わらせる。


 フェニクスは二人に幻覚をかける――それは暗い夜の中、ランタンを持つ者とシャベルを持つ者が現れる。墓穴に入れられる二人は、棺桶の中で生きたまま土をかけられ、やがて光すらも届かなくなる。そして皮と骨だけになって腐敗していく肉体。砕けていく手足。歯が何本も抜け落ち、乾いた口を開けたまま絶命を待つ。


 フェニクスは意識がないのを確認すると、識別コードを再度取得して転送依頼を出す。マシューのアイアン・メイデンを破るとは何者だろうか?


「四課のフェニクスだ。もう一度二人を転送してくれ」


 この世の中、IDもパスワードもいらなくなった。それは生体電波の発見のお陰だろう。指紋や虹彩認証と同じように、生き物は固有の生体電波を常に発している。これは偽造が不可能で、信頼の置けるものだ。それを使い識別コードは作られている。


「こちら四課です。二人を転送します」


 約十五秒。二人の転送に費やす時間だ。フェニクスは幻覚を解き商店街の中を見回している。こちらを見ている者たちはきっと野次馬だろう。だが仲間が隠れている可能性もある。


「転送完了しました。お疲れ様です」


「次へ行く。また頼む」


 そしてマシューの後を追い走り出すと、フェニクスは近道をして中央広場を目指す。マシューがやられるはずはないと信頼してはいるが、この世界は掘れば掘るほど深みを知る世界だ。思い上がりは捨てた方がいい。


 中央広場に到着したフェニクスはマシューの背中を見て安堵した。そして戦っている相手を見ると、そこで構えているのもマシューだった。

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