捨てられなかった手紙(カフェシーサイド10)
帆尊歩
第1話 カフェシーサイド10
今日は風が強い。
砂というのは絶えず流れている。
ある意味液体に近い。
だから砂は日々趣を変える。だから砂掻きをしないと、この「柊」は砂に埋もれるかもしれない。
でもそうすれば、店頭の階段はいらなくなるんじゃないか。いや、でもそれなら店内に砂が入って、今度は店内の砂掻きをしないといけない。
それは勘弁だなと僕は思う。テラスの下でも大変なのに、テラスの上の店までやらされたら。でも謎の女亭主遙さんなら、やらされそうだ。
「こんにちは」と声を掛ける人がいる。
真希だった。
「こんにちは。どうしたの?今日良い風が吹いていて、サーフィンにはもってこいだと思うけれど」
「カコが、孝に会いに行っているんです。さすがにそんなときにサーフィンは」
「そうだね」
「手伝いましょうか?」
「イヤイヤ、これ俺の仕事だし。お客さんに砂掻きはさせられないでしょう」
「上のお店に行かなければ、お客じゃないし。なんかやっていたいんですよね。落ち着かなくて。それに砂掻き、楽しそう」と笑う真希の笑顔が、僕は可愛いなと思った。
「どこが」
「なんか砂遊びしているようで」
「仕事なんだけどな」
「ごめんなさい」
砂掻きを始めると、真希は何だか一生懸命で、黙々と砂を掻いて行く。
その様子に僕は、何だか変な凄みを感じた。
「なんか、あった」となんとなく尋ねる。最初の印象はギャルっぽかったけれど、話すとしっかりしているし、二十歳は越えているだろう。
真希は砂を掻きながら
「別に」と言った。でもその言い方がありました、と言っているようだった。
「真希ちゃんて、いくつ」
「女性に歳聞くんですか?」
「良いじゃん。上のおばさん達より若いでしょう」と言ったとき、変な視線を感じた。
僕は恐る恐るそちらを見る。
いつの間にか香澄さんが悲しそうに見つめていた。
「わ、私は遙さん達を、頼れるお姉さんと思ってます。眞吾さん、何を訳の分からない事を言っているんですか」真希の声がうわずっている。
裏切りやがった。
香澄さんは僕を一瞬見つめると、慌てて階段を上がっていった。
「香澄さん、待って、違うんです」と言う僕の声は、香澄さんには届かなかった。
真希は声がうわずっていたくせに、ゲラゲラ笑いながら、砂の上に仰向けにた倒れ込んだ。
なぜか、目に涙を浮かべていた。
「どうしたの?歳聞かれたのそんなに嫌だった?」
「違うの。何だか嬉しくて。こんなに笑ったの久しぶりだから」
「なにがあったの」と、もう一度僕は真希に尋ねた。でも真希はその問いに答える代わりに、自分の歳を答えた。
「二十二歳です。ちなみにカコも二十二歳」
「あっ俺も。まあもうすぐ二十三だけど」
「お隣さん、よろしくお願いします」と言って、真希は仰向けのまま握手をするように手を出した。僕は起こせと言っているのかと思って、力任せにひいた。すると真希は、
「きゃあ」と小さく叫ぶと勢い余って僕に覆い被さった。
真希の体温が伝わる。
「ご、ごめんなさい」と真希は恥ずかしそうに僕から離れると、顔を赤くして下を向いた。
「いや、こちらこそ」と僕も下を向いてしまった。
またしばらく二人で砂掻きをする。真希は黙ったままだった。
「手紙が」
「えっ」
「手紙が捨てられなかったの」
「えっ」
「本当は捨てなければならない手紙だったのに。本当に嬉しい手紙だった。でもそれは何人もの人を不幸にする手紙だった。
彼もその時の思いだけで書いてくれた。私もその思いだけで喜んだ。
思いは断ち切れない。
だからカコと一緒にここに逃げて来たの。あのままあそこにいては、みんなを不幸にする。
そして、みんなを不幸にすれば、私たちも幸せになんてなれない。
私さえいなくなれば、全てが丸く収まる。
でも忘れられない。
だから。
もうどうにもならないところにまで逃げた。
私の心と彼の心を引き裂くために。
引き裂かれた心が決して戻らないように。もう決して、融合できないくらいの距離を開けるために、ここに逃げてきたの」
「別に無理に捨てなくても良いんじゃない。捨てられる時がきたら、その時捨てれば」
「そこの二人、お昼だよ」急に声を掛けられた。
遙さんが立っていた。
「全く自分の仕事を手伝わせて」
「いえ、私が勝手に」
「いいの、いいの。どせ死にそうな顔で、手伝わざるをえないアピールでもしたんでしょ。手代からバイト代もらいなさいね」
「そんな、私が勝手に」
「ダメよ、男は甘やかしたら」
「はい」おいそこで返事をするなよ。
「お昼、真希ちゃんもどうぞ」
「えっ、いいんですか」
「お店からのお駄賃です」
「わーい」
「手代」
「えっ」遙さんが耳打ちをする。
「誰がおばさんだって。覚えてなさいよ」
「いえ、忘れました。全て忘れました。何も覚えていません」
そして僕ら三人は階段を上がった。
捨てられなかった手紙(カフェシーサイド10) 帆尊歩 @hosonayumu
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