第4話

鏡を見ていた。

まるで死人の様な自分の顔を見ていた。

もうどうでもいいかもしれない。

全部、終わりにしよう。

そう言って電気を消す。

洗面台に置いた指輪は光を失っていた。



どのくらいの時間が経ったのだろう。

家は燃えこげ、

5年間の思い出が崩れ落ちていく。

消防車のサイレンと野次馬がうるさい。

「奥さん、コンロをつけっぱなしとか

身に覚えのあること、ないかな」

「いいえ、特には.......」

そんなのは嘘だ。

燃えた原因などひとつしかないのだから。

正直、私は夫を愛していた。

爪の先から頭のてっぺんまで、全てを

知りたい、そんな事を思えた人は

初めてだったのに。

全てが愛しかったのに。

火をつけたのは夫だ。

あの時見たLINEは家族心中の事を

友達に相談してるものだった。

夫も深く私を愛していたのだろう、だから

心中しか方法が無かった。

私が、親の仇だから。

12年前、あの人と駅前で出会う前に

私はあの人もあの人の親の事も知っていた。

あの人の親は世間一般的にいうと虐待やネグレクトと言われる行為をあの人にしていた。

私はそれが許せなくて、殺しただけなのに。

そんな親でも愛していただなんて、

分からなかった。一緒に死んでも良かった。

あの人と同じ場所に行けるなら。

でももう私の理想ではないし、

12年間好きだったあの人はもういない。

家の中で燃えているのはただのあの人の形をした何かだ、そうじゃなきゃ

私だけは生き残って欲しいって、

誰よりも私の事を愛してるんだ、

結局心中出来ないはずなんだ。

なのに行動に移したなんて、もうあの人じゃない。

「__てよ、返してよ.....」

「......奥さん?」

「あの人を返してよ!!」

彼女の叫びは野次馬とサイレンの音をかき消すかのように虚しく響いた。



火をつけたのは夫じゃない。

心中なんてそんなの最初から無かったのに。

彼女は騙されたんだ。

面白い話だろ?なぁ、その夫さんよ?

どうしてあんな素敵な彼女と離れたかったんだ?

「親の仇と一緒に暮らす奴がいるか?」

まさかまさか、いないけどさ。

結局復讐できないなんて、あんたらしいな。

でも本当にいいのか?もう戻れないんだぞ?

「決めた事を後悔するよりもこの道を良くした方がいいだろ」

目の中に光が反射し暗く光る。

男は悲しい笑顔で笑った。

瞬きをしながら。



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瞬き 斯々然々 @sitake543

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