第6話 工房

「うわぁ! 素敵な一軒家!」


 私は喜びで思わず声をあげる。


 バーニーにつれて行かれた先。そこにはレンガ造りの小さな丸太小屋があった。屋根には煙突まである。


 さらに周りにはいっぱい小さな花を咲かせた草が生えている。


 まるで絵本にでも出てくるようなたたずまいだ。


「ここがサクラの工房だよ。さあ、入って」


 おばあちゃんが不在の間、バーニーが管理を任されていたのだろうか? 彼はポケットから鍵を取り出して、それを扉の鍵穴に差し込み、扉を開ける。


 キィ、ときしんだ音を立てて開く扉をくぐって、私は中に入る。広々とした居間にはレンガ造りの暖炉があって、奥にはまだ部屋がありそうだ。家具にはほこりが積もらないようにきちんとシーツで覆われている。


「わぁっ」と歓声を上げて部屋を眺め歩いている私をよそに、バーニーが居間の窓を開けた。


「しばらく使っていないから、やっぱりホコリが溜まっているな」


 ブツブツいいながら、ホコリが立たないように順々にシーツをたたんで回っている。


 そんなバーニーは置いておいて、私は私で部屋を見て回る。


 居間の他に、キッチンと、どういう仕組みなのか水洗のお手洗い、洗面所。それから、ベッドルームに……。


「わぁ! 理科の実験室みたい!」


 私は歓声を上げる。


 なぜならそこには、ビーカーや試験管、オイルランプに三脚、吊り下げ天秤。そして本棚にはずらりと本が並んでいたのだ。


 そうして一つ一つの器具を見て回っていると、一冊のノートが開きっぱなしなのが目に留まった。


「これ、なにかの作り方が書いてある……?」


 よくよく読んでみると、タイトルらしく冒頭に「回復ポーション」と書かれている。


 ポーションってあれだろうか。ゲームとかのファンタジー世界とかによくある、体力を回復したりする、あれ。


 そこに、タイミング良くバーニーがやってきた。


「ああ良かった。やっぱり君はそれを読めるんだ!」


 嬉しそうに声を上げる。


 ──ん? どういうこと?


 これ、普通に読めるよね?


「ええっと? バーニーには、これ、読めないの?」


 首をひねってバーニーに尋ねる。だって、難しい字とか全然ないよ?


 すると、バーニーはまぶたを伏せてふるふると首を横に振った。


「読めないよ。だってそれは、で書かれているんだから」


「日本語?」


 あれ? とそのときに気がつく。


「ねえ、ここって、何語で話して、何語で書くの?」


「そんなもの」


 当たり前だろうと尋ねた私に言うように、バーニーが首を振る。


「魔法の国ファリスなんだから、どちらもファリス語に決まっているだろう?」


 なにをおかしなことを聞くんだと、バーニーが首を傾げた。


「私、日本語をずっと喋って、聞いていたと思っていたんだけれど……」


 違っていたのかな? と首をひねる。


 そうして二人でお互いに、うーん? と顔を見合わせる。


 しばらくすると、「あっ!」とバーニーが思い出したように叫ぶ。


「そういえば、サクラも日本語で喋って日本語で書いているつもりなのに通じるのねって、不思議そうにしていたよ!」


「翻訳だ!」と揃って口に出して互いを指さし合う。


 確か私のステータスには、『翻訳』というスキルがあった。きっとおばあちゃんにも招かれ人のチートとして、『翻訳』スキルを持っていたのかもしれない。


「でもなんでこのレシピノートだけは日本語なんだろう……?」


 おばあちゃんの残したノートを見ながら私は首を傾げる。そのままの角度でバーニーの方を見るけれど、彼も首をひねるばかりだ。


「この世界の人と意思疎通をしようと思う場合にしか、翻訳のスキルが発動しないのかなあ……?」


 呟いたけれど、その真相は闇の中。答えを知るものはここにはいなかった。


「まあ、その理由はどうあれ、サクラのレシピは、今のところサクラ本人かミウにしか読めない。その上君は錬金術が使える。だから君には、サクラのあとを継いで薬なんかの魔法アイテムを作って欲しいんだよ!」


「私に出来るのかしら……?」


 そう言いながら、ノートのページを眺める。


「イヤシ草の葉っぱ五枚と、ヤルキの花の花弁を十枚、井戸の水をビーカーに一杯……」


 そのページに書かれた、回復ポーションというものの材料を読み上げる。すると、バーニーがピョンと跳び上がって窓の外を指さした。


「それならみんな、サクラの作ったこの家の周りの畑にあるよ! 井戸も外にあるし! まあ、畑は今は野原みたいになっちゃってるけど……」


 嬉々とした目で見つめるその瞳は、「やってみて欲しい」という希望に満ちている。


「作って……みる?」


 ええい、ダメもと! と思って、私はノートとビーカーを持って家の扉から外に出ることにした。

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