10個のプレゼント

 洗濯物を干すには、絶好の天気だ。

 優佳は、洗濯物を干し終えると縁側に座り、雲ひとつ無い青空を見上げた。

 太陽が眩しく照りつける。

 優佳は目を細めながら、手をかざし陽の光を浴びていた。

 やがて立ち上がると、スケッチブックを手にシャープペンを握る。

 母親が使っていたイラスト用シャープペンだ。

 軽く低重心で、とても使いやすい。

 そして、ゆっくりと線を引いていく。

 優佳が絵を描いていると、父親がその姿を眺めていることに気づく。彼女は手を止め、顔を上げた。

「ん? どうしたの?」

 父親は穏やかな表情を浮かべている。

 優佳の視線に気づくと、優佳に声をかける。

「いや。明代に……。母さんに似て来たなと思って」

 優佳はキョトンとした顔をすると、クスッと笑った。

「当たり前でしょ。親子なんだから」

 優佳は言うと、再び絵を描く作業に戻る。

 父親も優佳の隣に座る。

 そして、優佳の描いているスケッチブックを覗き込む。

 庭からの風景だ。

「上手だな。優佳は」

 優佳は、嬉しそうな笑顔を見せる。

 あの日から優佳は随分と成長した。

 明朗快活で、いつも元気いっぱいの女の子に育っている。

 娘の明るい性格は、母親譲りだろう。

「ねえ、お父さん。これ、お父さんが出したんでしょ」

 優佳は手にしていたイラスト用シャープペンを父親に見せた。

 それは、母親が描いた絵を出展した美術展で入賞した際に貰ったものだった。母親の死後、彼女の私物は箱にしまっていたが、優佳の成長と共に取り出されていた。

 最初はパステルで、幼かった優佳はクレヨン感覚で使って折ってしまったり、落書きしたりして遊んでいたが、何かを描く楽しさを感じたのを覚えている。

 優佳は、うすうす気づいていた。

 自分の成長に合わせて父親は、一年ごとにさりげなく色鉛筆やマーカー、筆、絵の具などを家の中に置いては、優佳が手にするタイミングを待っていたのだと。

 そして、10個目となったのが、このイラスト用シャープペンだ。

 すると父親は意外な表情をした。

「え? それは優佳が自分で母さんの遺品を出したんじゃないのか?」

 優佳は、驚いた。

 お母さんが使っていたものだから、大切にしまっておこう。

 父親は妻の使っていた画材を箱に入れていたが、ある時から優佳が使っているのを見て、大事にしまっておくよりも良いと思っていた。妻は生前、優佳が大きくなったら一緒に絵を描きたいと言っていただけに、優佳が使うのも良いと思ったからだ。

「……私、てっきりお父さんが出しておいたって思ってた」

 優佳は言った。

 縁側から家の奥にある仏壇を見ると、母親の写真があった。

「ひょっとして、お母さんが出してくれていたのかな」

 優佳は呟く。


【あの世からのメッセージ】

 亡くなったらそれで全てが終わりではない。「あの世」とも表現される別の世界へ旅立ちます。

 そして、あの世にいる亡くなった方や守護霊のような存在は、この世を生きる皆さんにメッセージを送ってくれる事がある。

 そのメッセージは、目に見える物、匂い、音、虫の知らせなど、その時々で形を変え、様々な感覚に訴えている。

 2018年。

 福島ゆかりさんは、彼氏からプロポーズをされる。

 その一週間後、不思議な体験をする。

 ゆかりさんの母親は、13年前に亡くなっていた。

 母親・純子さんは夫・幹男さんとの間に4人の子宝に恵まれるが、34歳の若さで亡くなる。胃がんだった。

 1人で4人の子供を育てられるか不安を口にした幹男さんに、

「いつも見ているから」

 と言い、幹男さんは

「見ているのが分かるように合図を送って」

 と伝えた。

 それから13年後、ゆかりさんは結婚式の前撮りで着物を着る打ち合わせをしている最中、母親の着物を思い出す。

 ゆかりさんが、実家に帰った日は母親の命日だった。

 その日、どこにしまったか分からなくなった母親の着物と、両親の婚約指輪が見つかる。

 幹男さんは、これが純子さんからの合図だと思っていると、およそ20分間、家の時計が不規則に動いていた。

 母親の命日に起こった不思議な現象だ。


 優佳と父親が、母親の写真を眺めていると母親が微笑んだような気がした。

 その様子は、まるでイタズラが見つかった子供のような感じで。

 優佳は、空に向かって呟く。

 お母さん。

 私、頑張っているよ。

 お母さんのように、たくさんの人に伝えたい。私が見た景色や想いを絵にして届ける。

 お母さんが見守ってくれているから、私は頑張れるんだよ。

 ありがとう。

 大好きだよ。

 空は、どこまでも青く澄み渡っていた。

 そこに虹が架かったような気がした。

 虹の向こうには、母親がいる。

 そう思うだけで、優佳は幸せになれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る